歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

久しぶりの更新です。

南日本新聞連載「さつま人国誌」では、いま薩長同盟関連の記事を連載中です。
詳しくは、ここをご覧下さい。

小松帯刀の宿舎で、薩長同盟が締結された可能性が高い近衛家別邸「御花畑」も最近、所在地が確認されました。
その経緯や、「御花畑」の様子についても書いています。

またこれまであまり知られていなかった薩長交渉の舞台裏についても書いています。
そして現在は、小松帯刀から見た薩長同盟について連載中です。

よかったらご覧下さい。

***よろしかったら下記をクリックして下さいね****
人気ブログランキング


追記を閉じる▲
スポンサーサイト

【2016/09/24 09:13】 | てらこや
トラックバック(0) |

管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


管理人のみ閲覧できます
-


コメントを閉じる▲
久しぶりの更新です。

南日本新聞連載「さつま人国誌」第418回「出水の太閤石」
詳しくは、ここをクリックすればご覧になれます。

豊臣秀吉の薩摩侵攻のとき、郷里の北薩地方は最前線になりました。北薩一円の領主である薩州家・島津忠辰は降伏する道を選びました。相手は10万の大軍、当然の決断でした。

肥薩国境を突破した秀吉は薩州家の居城、出水城を接収し、秀吉も3日ほど滞在します。「太閤石」は出水城の東方、3キロほどの民家にあります。今回、「太閤石」のある方のご好意により写真を掲載しました。秀吉が巡見の途中、この近辺に立ち寄り、この石に座って休息したという伝説です。

同コラムはほかにも紹介し切れていない記事がありますので、ご覧下さい。

***ぜひ下記をクリックして下さいね***
人気ブログランキング

【2016/07/18 22:16】 | さつま人国誌
トラックバック(0) |

島津忠辰
ながお
桐野様

こんにちは。

太閤石のこと初めて知りました。

西出水の実家のそばの稲荷神社に秀吉が滞陣したという話を聞いたことがあります。あちこちに伝説が残っているようですね。

島津忠辰は一戦も交えずに降伏。この時降伏したのは忠辰だけではなかったのに卑怯者と言われました。薩州家は元々本家と跡目争いをしてきただけに風当たりが厳しかったのでしょうね。

太閤石
桐野作人
ながおさま
コメント御礼。
秀吉伝説は出水にいろいろ残っているかもしれませんね。

コメントを閉じる▲
南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。
記事は、ここをクリックすればご覧になれます。

第415回「筑前信国派の日本刀」

先日、帰鹿した折り、鑑賞させていただいた日本刀について書きました。集成館の高炉で製造された鉄を混ぜて鍛えたものだといわれています。和洋の技術が融合した刀剣です。

今回紹介した日本刀は、鹿児島市小松原にある株式会社明興テクノスの経営者山ノ内文治さん所蔵のもの。同社の一室に案内されたが、日本刀コレクションの間になっており、多数の刀剣が展示されていて驚きました。寺田屋事件で死を遂げた橋口壮介とされるものもありました。

***ぜひ下記をクリックして下さいね***
人気ブログランキング


【2016/06/20 21:21】 | さつま人国誌
トラックバック(0) |

管理人のみ閲覧できます
-


コメントを閉じる▲
南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。
第414回「仙巌園の『猫神』」。
詳しくは、ここをクリックすれば、ご覧になれます。

鹿児島市の観光名所で史跡の仙巌園に猫を祀った神社があることは知られていた。近年の猫ブームで参拝者が多いという。島津義弘が朝鮮に連れていったという猫たちの興味深い逸話。

「猫神」については記事で紹介した逸話がある。ただ「猫神」がどのように成立したのか、史料を探してみたけど意外とわからなかった。近世の逸話が載っている編纂物『薩藩旧伝集』『西藩野史』『島津国史』や各種地名辞典などまで調べてみたが、ほとんど見つからず、今回は見切り発車気味である。

結局、もっとも詳しい記事は戦前の島津家当主だった島津忠重の著作だった。その著作『炉辺南国記』の刊行年は1983年である。執筆時期はもう少し遡るだろうが、それでも新しすぎる。その記述の元となる近世の史料があるのではないかと思うが、探し切れていない。ご存じの方がおいでかもしれない。

***ぜひ下記をクリックして下さいね***
人気ブログランキング


【2016/06/06 16:23】 | さつま人国誌
トラックバック(0) |

旧富隈城址、稲荷神社の猫神
今井より
こんばんわ。久々に伺います。
「猫神」については国分諸古記188に掲載があります。
家久が祭祀したとあります。
また國分の古蹟にもありますが、出自が。。
一応私の頁をご覧下さい。
ちょっと他を調べて、、猫ブームに肖ってと思ってますが。。

管理人のみ閲覧できます
-


コメントを閉じる▲
南日本新聞連載「さつま人国誌」を5月30日に更新。
ここをクリックすれば、ご覧になれます。

第413回「相撲史に名を残す出水川」。今回は趣向を変えて、郷里の力士出水川のことを書きました。
達ヶ関こと2代目谷風と激闘して勝利したいきさつなど。いろいろ伝承が残っている力士です。

***ぜひ下記をクリックして下さい***
人気ブログランキング

【2016/05/31 08:53】 | さつま人国誌
トラックバック(0) |

出水川
ながお
桐野様

こんにちは。

高山彦九郎の『筑紫日記』によれば彦九郎が入薩の際、野間の関所で足止めをくらいしばらく滞在した折、出水川と交流があったことが記されています(『出水の旅物語』所収)

水俣の徳富家から託された手紙を届けたり、出水川宅によばれごちそうになったりしています。

出水川は引退して故郷に帰り、家業の旅館を継いでいたのですね。

彦九郎は現役時代の出水川を知っていたのでしょうか。

高山彦九郎
桐野
ながおさま

コメント有難うございます。
高山彦九郎との交流は承知していましたが、紙数の関係で書けませんでした。
もちろん、出水川の現役時代を知っていたでしょうね。


コメントを閉じる▲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。