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歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
講演会のご案内。
南日本新聞の告知記事です。10月1日午後1時半より、かごしま県民交流センターで「島津義弘の闘い―没後400年を迎えて―」を開催します。応募方法など書かれています。入場無料です。「戦い」ではなく「闘い」としたのは、義弘の島津家中での難しい立場や内面的な葛藤なども含めました。

今年は島津義弘没後からちょうど400年です。85歳と当時としてはかなりの長寿を保った義弘の生涯は波瀾に満ちています。とくに朝鮮での戦いや関ヶ原合戦で戦死しても決しておかしくない状況でした。そうした戦いにも触れつつ、今回は義弘の島津家中での立場や地位、家督問題も少し詳しく考えてみます。

義弘の逸話やエピソードとしては、慶長の役での「薩摩の今弁慶」木脇祐秀の負傷を自ら治療したこと、関ヶ原の野久口での中馬大蔵の大胆な発言など事欠きません。また妻の実窓夫人に京都や朝鮮から消息文をたくさん送っています。それらも少し紹介する予定です。
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【2019/09/27 18:47】 | 戦国島津
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京都の友人有志が企画してくれた講演会です。戦国島津氏と京都のつながりについて語ります。FBには関西在住のお友達も少なからずいらっしゃるので、ご検討下さいませ。なお、懇親会は京都駅周辺になろうかと思います。

演題:『戦国島津氏と京都-島津義弘没後400年に寄せて-』
講師:桐野作人
日程:2019年7月21日(日)14時~16時
会場:キャンパスプラザ京都第2会議室
会場アクセス:http://www.consortium.or.jp/about-cp-kyoto/access
定員:30名
会費:3000円
主催:京都・戦国島津氏を語る会
参加申し込み・問い合わせ:

ご応募の際は①お名前②懇親会への参加されるかたはその旨をご記入の上、当アカウントDMか下記メールアドレスまでお願い致します。
ご送信後、2~3日後にご応募完了の返信を行いますさせていただきます。
・メールアドレス:k.simadu1185@gmail.com
募集期限:2019年6月30日(日)

【京都講演趣旨】
戦国時代、南九州の島津氏は予想以上に京都との交流が深い大名でした。それは御家門である近衛家との関係もあり、贈答や文化交流を通じて深められていきました。また人的往来も盛んでした。樺山氏、喜入氏、薩州島津家、種子島家などもこうした都鄙の文化交流に関わっています。

足利将軍家との政治的なつながり(和平調停、官位や偏諱の授与など)だけでなく、和歌・連歌や蹴鞠など宮廷文化に接する機会が増えていきます。また、島津氏の京都雑掌として洛中に居住する木下道正庵の存在も重要で、上方情報を島津氏に頻繁に伝えるなど、こうした都鄙交流に貢献しています。

同時期に次兄の歳久も上京し、前関白の近衛前久と会見しています。豊臣政権になると秀吉に服属した豊臣大名として、亀寿(義久三女)をはじめ、多くの人質が京都に滞在し、義久や義弘も比較
的長く在京することが少なくありませんでした。聚楽第周辺に位置した島津氏屋敷の居所についても紹介します。

最後に関ヶ原合戦直後における義弘主従の動静を周辺都市である伏見や大坂での動きも含めて検討します。とりわけ、義弘が西軍に加担せざるをえなくなるいきさつ、さらに島津の退き口と京都との関わりについても触れます。
講演資料以外でも次の2点を公開
★義弘の生涯のおもな足跡についての写真紀行(プロジェクターで紹介)
★特別公開:島津義久が調略した日向伊東氏の部将、福永丹波守に宛てた書状の実物(桐野所蔵)の展示と解説も予定しています。伊東氏との力関係が決定的に島津氏有利になった「落とし文事件」に関わるものです。

【2019/06/20 18:04】 | 戦国島津
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お久しぶりです。
新刊拙著の案内です。
南日本新聞連載「さつま人国誌」をまとめた戦国・近世編3を刊行しました。
詳しくは、ここです。

大隅合戦
九州制覇戦と豊後侵攻
豊臣政権との対決
島津歳久と豊久の悲劇

などについて書いています。
ぜひお読み下さい。

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【2017/02/26 19:08】 | 戦国島津
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ご案内。
本日22:00~、表題の番組に出演します。
よかったらご視聴下さい。
テーマは「島津義弘と島津退き口」です。
詳しくは、ここをご覧下さい。

*ぜひ下記をクリックして下さいね*
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【2015/11/20 09:23】 | 戦国島津
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来る10月4日(日)、JR大垣駅の発着で、島津の退き口の跡をたどるものです。
詳しくは、ここをご覧下さい。

関ヶ原盆地にある島津義弘陣地を出発点にして、烏頭坂や牧田街道沿いの島津豊久の史跡をめぐり、最後は宝暦治水で知られる治水神社を参拝するコースです。

ただの史跡ツアーではなく、史実と伝説のはざまを考えていくツアーにしていくつもりです。
とくに、関ヶ原の小池村にある義弘本陣の位置の疑問、島津豊久の最期の地はどこか、また牧田街道沿いに点在する「豊久伝説」はどのようにして形成されたのかといった点について、史料をもとに考えていきます。

東海、関西地方以外の方々には参加が難しいかも知れませんが、島津の退き口に関心ある方のご参加をお待ちしています。

↓↓↓ぜひ下記をクリックして下さいね↓↓↓
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【2015/09/02 16:48】 | 戦国島津
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豊久伝説
ばんない
ごぶさたしております。

ご案内のコースは6年前(だったか?)ママチャリ+路線バスで爆走したコースで懐かしいです。内容も非常に気になるものですが、日程的に参加は無理ですね(涙)
しかし、豊久の墓はともかくとして、あの関ヶ原の島津本陣も怪しいのですか…愕然

ところで、豊久の墓のある辺りまで観光バスは入れましたっけ?道路幅が狭かったような記憶…。

島津陣
桐野作人
ばんないさん、お久しぶりです。

伝・豊久の墓については、永吉島津家にいい史料が残っていて、「伝説」成立事情がほぼつかめました。
豊久の墓については、一昨年も似たようなバスツアーしたとき、近くの駐車場に止められました。かなり整備が進んでいるようです。

小池の義弘本陣跡ですが、義弘の伝記「惟新公関原御合戦記」に具体的な記述があります。
先陣の豊久の陣所も小池本陣よりも後方、義弘本陣にいたっては、北国脇往還の北側とありますから、笹尾山からかなり後方になりますね。

re:豊久伝説
ばんない
こんにちは。

>伝・豊久の墓については、永吉島津家にいい史料が残っていて、「伝説」成立事情がほぼつかめました。
ものすごくそのツアー行きたいんですが…(^^;)
ただツアー開催日がうちの子の運動会予定日…運動会蹴って参加したら後の人生に差し障りがあるのが目に見えてるので、参加はやっぱり無理ですね(涙)
いつの日か何らかの媒体でその辺の話が聞けることを期待しています。

>小池の義弘本陣跡ですが、義弘の伝記「惟新公関原御合戦記」に具体的な記述があります。
その辺流し読みしていたのか、記憶が曖昧です。今度読み直してみます。ありがとうございました。

残念です
桐野作人
ばんないさん、
前から一度お会いしたいと思っていましたが、運動会ならしかたありませんね。
またの機会に。


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