膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
昨日、小学館古文書講座「てらこや」の受講生であるMさんが「見てもらいたい」と、どっと古文書の束を持ってきた。

幕末水戸藩の古文書が100点以上あった。
ほとんどが書簡である。
保存状態もとてもよい。

驚いたのは差出人や宛所の人物。
幕末水戸藩の有名人ばかりである。

戸田蓬軒や会沢正志斎(後期水戸学の学者)

金子孫二郎や稲田重藏(桜田門外の変関係者)

田丸稲之衛門や竹内仙右衛門(天狗党幹部)


ほかにも、箕作阮甫(蘭医)の書簡もある。

とくに安政元年(1854)2月のペリー艦隊2回目の来寇の報告が面白い。
絵入りである。将軍家定に献上したという汽車模型の絵も描いてあった。

私は幕末水戸藩のことはうといが、とにかく興味深い史料ではないかと思った。
しかるべき人に見てもらったほうがいいのではとアドバイスした。
久しぶりに眼福でした。

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南日本新聞連載「さつま人国誌」の最新回で書いた近衛邸についての関連情報

幕末関係の友人から教えていただいた情報。ここです。

愛知県西尾市所在のNPO法人が京都にあった旧近衛邸を解体移築して、一般に公開しているというちょっといい話。幕末の近衛邸がそのまま保存されているというのがすごい。

で、問題はこの近衛邸は私がコラムで書いた5つの近衛邸のうちのどれかという点。上記サイトには次のような説明が書かれていた。

>摂家筆頭として左大臣を務めた近衛忠房邸に嫁いだ婦人の縁で、島津家によって建てられた江戸後期の建物です。

左大臣近衛忠房は関白だった近衛忠熈の嫡男。
文久2年(1862)、故・島津斉彬の養女貞姫を妻に迎えた。
貞姫は久光の養女。実父は一門四家のひとつ、加治木家の島津久長である。

忠房の父、忠熈は左京区聖護院あたりに別業(別宅)をもっていたが、有馬新七の「都日記」によれば、安政年間には空き家になっていたと思われる。新七の父正直は忠熈夫人となった郁姫(島津斉興養女)付として在京していた。新七は亡父のよすがを偲ぶため、安政年間にこの屋敷を訪れ、屋敷の主がいないと書いている。郁姫はここで暮らしたらしいが、郁姫が他界した嘉永3年(1850)以降、忠熈はどこに居住していたものか。
常識的には、今出川の本邸に戻ったか、もともとここに住んでいたかだろう。

それで、忠房が結婚し、家督を継いだのち、忠熈はどこかに移ったと思われる。
コラムにも書いたように、元禄年間の当主、近衛基煕は孫家久の婚姻に伴い、婚家の島津家の援助により、堀川一条の屋敷を得ている。
忠熈も同様の事態になったものと思われるが、それは新たに土地と屋敷を得たのか、それとも郁姫が住んでいた聖護院の屋敷を修築したか、あるいは正徳年間にできた近衛家煕の河原邸(二条河原町)を修築したか。

など、いろいろな可能性が考えられる。
忠熈の屋敷を「桜木御殿」と呼んでいる史料もある。私はこれを今出川本邸ではないかと思っていたが、もしかすると、聖護院か河原邸の別邸かもしれない。

小松屋敷である「御花畑」とは別に、またもうひとつの宿題ができてしまった。

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小松帯刀と格闘中。

小松が変名を使っていたり、お琴さん以外の第2京都妻がいたりと面白い。
そして、京都の小松邸の場所について新展開。
以前から気になっていた近衛家の「御花畑」の所在地がだいたい判明した。
小松邸の特定は、即、薩長同盟締結地にもなるから、とても重要である。
ただ、目の前に厖大に積まれた小松文書や諸記録、諸文献を見て途方に暮れているのもたしか。


閑話休題

5月下旬、鹿児島市の宝山ホール(県文化センター)で開かれる「文化講演会」
のチラシを主催者から送っていただいた(写真参照)。
表題が講演の演題です。

宝山ホールチラシ

宝山ホールの前庭には、小松帯刀の銅像が立っています。
鶴丸城二の丸の向こう正面にあたり、幕末は小松家の屋敷があったところです。
そんな小松ゆかりの地で話させていただくのは光栄です。
申し遅れました、講師は不肖、私めです(汗)。
小松帯刀について、このような大々的な講演会が開かれるのは、鹿児島でもおそらく初めてではないかと思います。主催者の先見・見識に敬意を表するとともに、小生を講師に選んだ蛮勇に戸惑いつつも感謝です。

期日:5月27日(火)18:30開演
会場:宝山ホール
申込方法:往復ハガキにて(お一人様一枚)
 〒892-0816 鹿児島市山下町5−3 宝山ホール
 「宝山ホール文化講演会」係まで
 *先着1.500名
申込期限:5月7日(水)


宝山ホールのサイトはここです。
講演会の詳細については写真チラシをご覧下さい。


17日(日)の南日本新聞にも大きく広告が出たらしい。親族や友人知人から連絡あり。

共催・後援に鹿児島県、鹿児島市、同教育委員会、南日本新聞社、NHK鹿児島放送局などがずらりと名を連ねていて、恐縮するばかりである。
とにかく、1.500人に来ていただかないと、主催者や協力諸機関に申し訳ない。
鹿児島にお住まいの方、むろん県外の方でも、興味のある方はぜひご参加下さいませ。
入場料は無料です!

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自分で紹介しておきながら、うっかりしておりました。

JR鹿児島中央駅前に立つ「若き薩摩の群像を完成させる会」のサイトをリンクしました。
署名運動をしております。
関心のある方、のぞいてみて下さい。



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先日、JR鹿児島中央駅の前に立つ「若き薩摩の群像」に欠けている2体の銅像(土佐の高見弥一と長崎の堀孝之)を完成させるための署名運動のサイト立ち上げを紹介した。ここです。

事務局から連絡があって、さっそく県外から署名用紙が送られてきたとのこと。
サイト立ち上げの効果が表れて、うれしいかぎりである。

サイトは以下にあります。よかったら、のぞいてみて下さい。

若き薩摩の群像を完成させる会

今後とも署名運動への注視・支援をお願いします。
署名用紙はPDFファイルになっていますので、自由にプリントアウトして下さい。
お一人だけの署名でもかまいません。そのお気持ちが有難いです。

私もできるだけ協力したいと思っております。

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