歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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お知らせです。

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ご利用の方はアクセスしてみて下さい。
「桐野作人」で検索すれば、ヒットするはずです。

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【2013/06/03 08:20】 | 雑記
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明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。

最近、忙しさと、ツイッター、FBのほうにも手を出したせいで、更新が滞りがちで申し訳ありません。
ツイッター、FBは桐野作人でやっておりますので、よかったらのぞいてみて下さい。
今年は更新の頻度を上げるのが目標です。

仕事では今年、薩摩関係の仕事が大きな転機になるかも知れません。
また今月は新刊が出ます。

さつま人国誌』幕末明治編2 南日本新聞社刊

同シリーズの3冊目です。
表紙カバー写真を載せておきます。
地方出版なので、鹿児島県外では入手しにくいですが、大型書店やアマゾンなどネット書店でも購入できると思います。よろしくお願いします。

さつま人国誌表紙見本_800

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【2013/01/01 20:30】 | 雑記
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あけましておめでとうございます。
ばんない
4日過ぎたので「明けましておめでとうございました」のほうが正しいかも(汗)
本年もよろしくお願いします。

>薩摩関係の仕事が大きな転機になるかも
おお、気になります
>ツイッター、FBのほうにも手を出した
うーむ、やはり時代はそっちの方ですかね。しかし、そちらに手を出すと明らかにネット廃人になるのが分かっているのでどうしようかなと(苦笑)

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この間、いただいたものです。記して御礼申し上げます。

矢部健太郎氏より
『豊臣政権の支配秩序と朝廷』 吉川弘文館 2011年12月刊

輪読会仲間の矢部さんの初著作。
本書は学位請求論文をまとめた7本の既発表論文と3本の新稿から成る。
とりわけ、第二部第一章の「豊臣「武家清華」の創出」は出色の論文で、「武家清華」の発見は豊臣政権の権力編成についての研究を大いに進展させたといえる。10年前、この論文が出たとき、大きな驚きだったことをよく覚えている。豊臣政権が賜姓・羽柴名字授与、武家官位のほか、家格によって編成されていたことを明らかにしたのである。
先日の国学院大学の国史学会でも、矢部さんは刀狩令についての新しい仮説を提唱した。これも従来無視されがちな史料群を活用しての論証で、今後、学界で話題になるだろう。成稿が待たれる。


堀 新氏より
「織豊期王権の成立と東アジア」 『歴史評論』746号 2012年6月

輪読会仲間の堀さんからいただいた。
堀さんについては、織豊期政治史に関する数々の論著で知られており、私がもっとも学ばせていただいた研究者である。
堀さんの目下の関心が「王権」論にあるのは種々の論著で明らか。その概念規定をあいまいにせずに、果敢に切り込んでいる。とくに中世後期から近世までの長い射程を「公武結合王権」という枠組みでとらえようとしている。私は理論的に咀嚼するのはなかなか難しいが、実感としては首肯できる点が多い。
たとえば、「織豊期の政治史は、徳川史観と公武対立史観によって歪められており、これを克服することが必要」という指摘などは激しく同意する。
また織豊期は「公武結合王権」が極大化し、王権を主導する武家の天下人が<日本国王>から<中華皇帝>へと飛躍しようとしていたとして、その背景に東アジア世界の大変動、明帝国の衰亡=「華夷変態」があったという指摘も、秀吉の朝鮮出兵の目的に照らしても納得できる。
秀吉の「三国国割構想」については、尊経閣文庫所蔵の関白秀次宛ての秀吉覚書が有名で、私も同文庫で実見したことがある。大型の大高檀紙で、それは立派なものだった。
堀さんはこれが軽視されていることについて、秀吉の妄想であるのはたしかだが、本人は真剣に考えており、無視してはならないと強調する。
この構想の典拠は秀吉覚書だけだと思っていたが、ほかにも秀吉の右筆、山中長俊が北政所側近の東殿(大谷吉継生母)に宛てた17カ条の仮名書があることを紹介していた。内容も秀吉覚書に近い。不勉強で知らなかったが、『福井県史』資料編に収録されているらしい。
今回のは大会報告であるため、個別実証が省略されているが、他の論著と合わせて読むと、さらに有用な知見が得られると思われる。

なお、堀さんからは同時に、韓国の研究者、李敏雄氏論文「忠武公李舜臣の生涯と研究史料一瞥」も頂戴した。李氏は韓国海軍士官学校の国史教官とのこと。豊臣秀吉関係文書研究会に招かれて今年5月に報告されたもの。李舜臣と朝鮮出兵の韓国側史料を俯瞰できる。李氏は『壬辰倭乱海戦史』という研究書を刊行されているようだが、日本語訳本が刊行されたらいいなと思う。


遠藤珠紀氏より
『古記録の史料学的な研究にもとづく室町文化の基層の解明』東京大学史料編纂所研究成果報告2011-4 榎原雅治編 2012年3月

研究会仲間の遠藤さんから頂戴した。
2008年から4年間にわたる科研費基盤研究の成果。
室町期の古記録研究を網羅した貴重な成果だと思われるが、まったくの専門外で論評できないので、目次を紹介します。

はじめに
 『兼宣公記』『碧山日録』『日記残闕』(国立歴史民俗博物館所蔵)『綱光公記』『宗賢卿記』『親長卿記』などの古記録研究
「兼宣公記」応永二十九年記の錯簡について 榎原雅治
中山家・花山院家における先例の継承について 本郷恵子
国立歴史民俗博物館所蔵「中原師胤記」及びいわゆる「師郷記」について 榎原雅治
藤堂家始祖「三河守景盛」の素顔 榎原雅治
飛鳥井雅親の美濃下向日記 末柄 豊
宮内庁書陵部所蔵三条西本『宗賢卿記』 榎原雅治・遠藤珠紀・大塚未来・小瀬玄士・末柄 豊・丸山裕之

ご恵贈いただいた遠藤さんは最後の『宗賢卿記』の考証・翻刻に関わっておられる。
記主は清原宗賢(1431~1503)。儒学研究に任じる明経博士の家柄である。宗賢は後柏原天皇の侍読をつとめていたという。宗賢の養子が宣賢で吉田兼倶の3男。兼見卿記には清原枝賢がよく登場するが、清原氏と吉田家の関係はここから始まったのかと納得。
日記は朝廷の儀礼関係の記事が多い。応仁・文明の乱を挟んでいることから、乱前後の朝廷の変化をうかがうにも貴重な史料なのかもしれない。

以上、有難うございました。

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【2012/06/20 12:38】 | 雑記
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「豊臣政権の支配秩序と朝廷」を読んで
aegean
矢部健太郎「豊臣政権の支配秩序と朝廷」吉川弘文館を読みました。
今まで色々な論文を読んできましたが、
この書は読み辛く、疲れ果ててしまった。
文章表現や体裁に一工夫してほしかった。
一方、同じ、吉川弘文館発行の木下聡「中世武家官位の研究」は
表などを多く織り込みながら読み易く、著者の調査好きが伝わってきます。
調査好きといえば、あの美和信夫「江戸幕府職制の基礎的研究」を思い出しました。


Re: 「豊臣政権の支配秩序と朝廷」を読んで
桐野作人
aegeanさん

コメント有難うございます。
私も木下聡さんの著書もっていますが、まだ一部しか読んでいません。なかなかの力作ですね。




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あなたからこのブログ経由でいただいたメール(先祖の墓探し)に3度も返信したのですが、戻ってきました。
添付ファイルが邪魔したかと思って、それを外して送っても戻ってきました。

ですから、正確なアドレスを示してもらえない限り、こちらからは返事をする手段がありません。
私はちゃんと調べて返信をしたことをここに明記しておきます。


【2012/06/11 11:52】 | 雑記
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桐野作人
この件、先方から再メールあり、解決しました。お騒がせしました。

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今週も忙しいというより、あわただしかったです。

22日(火)は小学館古文書講座「てらこや」で『保古飛呂比』を読みました。
イカロス号事件の長崎談判をやりました。

24日(木)は名古屋に出張し、中日文化センター講座「信長公記を読み解く」に出講。
「安土城天主は倒壊したか」と題してやりました。
「アツチ之天主倒れおわんぬ」と書かれた新史料をもとにした和田裕弘さんのお説を紹介しました。
天正6年(1578)5月12日条に安土城天主が倒壊したとある記事です。
安土と奈良という距離感を考えると、もし倒壊したとすれば、前日の11日ではないかとも思います。
やはり、同年正月、天王寺屋宗及の他会記に安土で天主を見学したという記事があるのが決定的ではないかと思っています。
すでに安土城天主は同5年中に完成していたと考えるのが自然でしょう。となると、同7年5月11日という「吉日」に信長が天主に「移徙」したという信長公記の記事との整合性がつきません。あのせっかちな性格の信長が1年半以上も前に完成している天守に入らないというのは考えにくいです。
その間に初代天主が倒壊したために天主再建に時間がとられたとすれば、無理なく辻褄が合うのですけど、なかなか認知されませんね(笑)。

そして26日本日、午後から武蔵野大学でオムニバス名城講座「城を攻める」の第1回「小田原城と秀吉襲来」に出講です。
他の原稿と重なって、資料づくりが大変でした。月曜日にお送りするといいながら、送れたのは昨金曜日午後でした(汗)。

では、頑張ってきます。

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【2012/05/26 09:41】 | 雑記
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