以前から、連載中の
「さつま人国誌」に書きたいと思っているテーマなのだが、それにふさわしい写真を所持していないために、ずっと書けないでいる。
猪熊事件は御存じの方もおいでだろうが、江戸時代初め、慶長年間に起きた有名な宮廷スキャンダル。
公家の少将猪熊教利らが起こしたので、その名前で呼ばれている。
この事件は、ときの後陽成天皇から関係者が勅勘を受け、徳川幕府も公家や女官を斬罪・配流などの処罰をした。女官は伊豆七島に流されたことは知られている。
そのうちの一人、左少将
松木宗信は薩摩の硫黄島に配流と決まったが、島津家久の計らいにより、甑島に配流替えになったという。同じ離島でも、硫黄島より甑島のほうが本土に近く、島も大きく利便性があるという配慮だったのだろうか。
それはともあれ、松木宗信は甑島のうち、
上甑島の里村で没している。墓は同村の
西昌寺跡にあるらしいというところまではわかっている。もし彼を取り上げるなら、ぜひともこの写真がほしいのだが、残念ながら、甑島は未踏の地で、写真をもっていない。
もし松木宗信の墓の写真をお持ちの方がおいでなら、ぜひご一報下さいませ。相応のお返しをしますので。
それで、彼を取り上げる一番の理由だが、彼の末裔に有名な人物がいるからである。幕末から明治にかけて活躍した松木名字の薩摩藩士といえば……。
もうおわかりでしょう。
余談
島流しつながりでいえば、
宇喜多秀家の
八丈島にある墓の写真をお持ちの方はおいでではないですか? 秀家も島津家に匿われているので、いつか取り上げたいと思っております。
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