
昨日からの京都紀行のつづき。
30日には市内を何カ所か回る。
京都府立総合資料館を訪ねたのち、大徳寺に向かう。
信長の菩提寺である総見院などの秋の一般公開が終了間際だったから、是非にと思っていた。総見院は数年前訪れたが、そのとき墓所の撮影を失敗したので、リベンジの意味もあった。
写真↑の中央が信長、左が信雄、右が信忠。信忠のが弟の信雄のよりやや低い。なぜなのだろうか?
信長のほかの息子の墓もあるが、三男信孝だけはない。総見院を建立したのが秀吉だからであろう。
それと、いつ見ても、お鍋の方の墓だけが自然石で可哀相だと思うのは私だけだろうか。側室だったからかもしれないが、隣の正室帰蝶の五輪塔より低くするか、小さくすればいいだけなのにとも思う。
その後、本堂に上がらせてもらって、信長の一周忌につくられた信長木像と、有名な画像や位牌を拝観させてもらう。しばし、去りがたかった。
10年ほど前だったか、総見院が初めて一般公開されたときに、たまたま取材で訪れて感動した記憶がある。京都の寺社の一般公開を推進するボランティアの方々の尽力のおかげだと聞いた。そのとき、信長木像の写真撮影をできないかと不躾な注文をしたところ、ボランティアの方が住職に話を付けて下さり、取材目的ならと撮影を許可されたことがあった。
そして、今度もボランティアの方々が甲斐甲斐しく親切に応対して下さった。感謝するばかりである。
総見院のほか、いくつかの塔頭を回った。前回も行った高桐院も再訪した。この塔頭は細川氏の菩提寺で、幽斎(藤孝)以下、歴代当主の墓所と、その近くの別区画に細川ガラシャと夫三斎(忠興)の灯籠型の供養塔↓がある。

ここも以前訪れたとき、デジカメのメモリーが切れてあまり撮影できなかった思い出があるので、これまたリベンジである。

高桐院といえば、表門からの敷石の参道に落ちた紅葉↓と、庭園の紅葉↑が有名である。冬に入りかかった晩秋の終わり、紅葉は盛りを過ぎていて落ちた紅葉の紅がやや色褪せていたものの、まだまだ十分堪能できた。
とくに、参道はいつも参拝客が絶えないため、静寂な雰囲気を撮影するのが難しいが、しばらく待った甲斐があって、客足が途絶えた瞬間を撮影できたのが収穫だった。
