
といっても、幕末維新の話題ではない。
前に戦前の『歴史公論』誌(12/15「『猿』は誰だ」参照)を古書で購入したことを書いたが、そのとき、一緒に買った『公論』という名の雑誌である。幕末維新特集かと思ったらそうじゃなかった(笑)。
発行年月が昭和17年(1942)11月である。まさにアジア太平洋戦争に突入し、ミッドウェーで敗北を喫したあとである。
戦中の思想状況がどのようなものか、うかがい知るには好個の史料かもしれない。
執筆者には、著名な右翼もしくは日本浪漫派の言論人もいる。
影山正治……尊皇攘夷の大道
保田與重郎……攘夷の思想
とくに興味深かったのは、
常岡瀧雄「勤皇の大義」という論文である。これには、勤皇主義を基軸に据えて、歴史上の人物や学者を勤皇か不忠・逆賊かを裁断するという論調になっていて、その視角というかとらえ方が面白い。
まず、幕末の志士(土佐勤王党)の
田中光顕と会ったとき、田中が次のように述べたという。
「我々明治維新の志士は勤皇を実践したのである。[闕字]天皇陛下を尊ぶだけ即ち尊皇だけでは駄目だ、皇事に勤労即ち悪戦苦闘しつゝ、[闕字]陛下の御為に一切を捧げて血みどろの勤労をすることが勤皇であり、日本人は総て勤皇でなければならぬ」
そうだったのか。尊皇と勤皇は同じような意味の言葉だと思っていたが、田中に言わせれば違うのだ。尊皇は思うだけであって実践がない。血みどろの勤労こそが勤皇だというわけだ。両者に区別があるとは知らなかったなあ。
そして、歴史上の人物・団体が次々と俎上に上げられる。
足利高氏:日本一の不道徳漢、非人格者
↑尊氏じゃないのは後醍醐天皇からの一字拝領だからかな
源頼朝:七百年の武人大権干犯の元祖
↑「干犯」は当時の流行語なんだな
白虎隊:「逆賊徳川の走狗たる藩主を君と誤認」「天皇に弓を引いた逆賊」「勇ありとも大義を弁えず」
↑「勇」は認めているらしいな
道鏡:君主制をそのままにして己れ 天皇たらんとし
蘇我馬子:天皇を弑し奉り
幸徳秋水:明治天皇に対して不軌を図り
ほかにも、学者や思想家も上記のような逆賊を賞揚したとしてヤリ玉に挙げられる。
吉野作造・河上肇・美濃部達吉・大山郁夫:日本精神喪失の、ユダヤ第五列教授
平泉澄:大権干犯強盗の元兇源頼朝を事もあらうに国体観念明確なりとして賛嘆
元田永孚:勉学の模範人物として東夷と自称せし支那思想の奴隷徂徠を挙げてゐる
中村直勝:大逆賊義時を人格者として称揚
北 一輝:皇国の国体と絶対相容れざる民主々義の忠僕でありその信奉者
リベラルな学者だけでなく、どちらかといえば皇国史観的で国粋主義的な学者の言論まで重箱の隅をほじくるような執拗さで非難している。とにかくレッテル張りに用いられる語彙の極端さにはある種感嘆させられる。
戦中の思想統制の一端がうかがわれるが、その批判の矛先が多方面にわたっていることは、当時の支配的思潮が思想的な「純化」によって極端な党派性と不寛容さを有しているだけでなく、まわりがすべて敵に見えてしまう思想的隘路に陥っていることも同時に明らかにしているように思えた。
『公論』第5巻11号
第一公論社
1942年11月
特価90銭