
表題のミュージアムが先月オープンしたのはご存じの方も多いだろう。
たまたま新聞記事を見ていて、その場所が京都中心部の烏丸御池、旧龍池小学校跡地だと知って驚いた。
この小学校はドーナツ化現象によって人口が減り、廃校になっていたもの。前からどのように再利用化されるのか気になっていたが、マンガミュージアムが出来たとは……。
で、この龍池小学校跡地にはどんな由緒があるかというと……
今から430年ほど前、織田信長がこの地に自分の京都屋敷を造営したが、2年後の天正7年(1579)11月、ときの皇太子の誠仁親王(さねひと〜)に譲渡し、それ以降、二条御所(あるいは下御所)と呼ばれた。二条御所は信長時代、朝廷の中心となった。
この地は名前からもわかるように、もとは摂関家の二条家の屋敷で、『洛中洛外図屏風』にも描かれているほどだ(上写真参照)。そして同家の庭園にあった池が龍躍池と名付けられ、南北朝時代から「二条殿の龍池」とも呼ばれた。龍池小学校の名はこの池の名前にちなんでいる(下写真参照)。

そして、天正10年6月2日、本能寺の変のとき、信長の嫡男、三位中将
信忠の主従が隣の妙覚寺から二条御所に移って立てこもった。
信忠は誠仁親王一家を御所外に出してから、明智軍を相手に奮戦して討死を遂げた。享年26。
信忠の最期とともに、二条御所は炎に包まれて焼失した。造営からわずか五年足らずのことだった。
まさにその場所にマンガミュージアムが建ったのかと思うと、感慨深い。同館を訪れたときは、剣豪でもあった
信忠のことにも想いを馳せてもらえればうれしい。