
ちょっと場違いな一般誌に記事を書きました。タイトルは、
「戦国軍師の虚像と実像―山本勘助はどのようにつくられていったか―」一番言いたかったことは、戦国時代に「軍師」という名が付いた者は存在しなかったという点です。戦国時代には「軍師」という言葉が使われていなかったからです。私たちが「軍師」としてイメージしているのは、作戦の立案に関わる参謀型の側近のことですね。竹中半兵衛とか直江兼続、島左近といった連中です。彼らを「軍師」と呼ぶには無理があるというのが、拙稿の趣旨です。
戦国時代、「軍師」の代わりにいたのは「軍配者」です。この「軍配者」がどのような役割を果たしたのか、「気」と「日取」をキーワードにしてまとめてみました。
はっきりいって、陰陽五行思想など専門外なので、一知半解のことを書いているかもしれません。それでも、「軍配者」の雰囲気だけでも味わっていただけたらと。
心残りはサブタイトルにある山本勘助の逸話を分量の関係で割愛せざるをえなかったことです。『甲陽軍鑑』に登場する勘助はその実、奇をてらわない、真面目な「軍配者」です。信玄が彼を信頼していたというのは何となくわかるような気がします。