
表題の本と『新修 徳川家康文書の研究』第2輯を少し割引で入手した(ともに吉川弘文館刊)。
後者については以前
当ブログでも紹介したことがある。
今回は表題の本を紹介したい。
詳細はここ。
著者の
高橋秀直氏(1954-2006)は昨年初頭、惜しくも急逝された。頭の出来はくらべるべくもないが、同世代だけに訃報を聞いたときには他人事ではなかった。
したがって、本書は本人ではなく、友人の研究者や弟子筋の人々がまとめた遺稿集である。
著者はもともと近代史の気鋭の研究者として知られ、『
日清戦争への道』(東京創元社、1995)は名著として評価が高い。
そして2000年前後から時代を遡らせて、幕末維新期の政治史を研究対象とすることになった。その間、わずか5年間ほどだが、幕末維新期に関する十数本の論文を書いている。本書はそれらが骨格になっている。
私も、これまでの幕末維新期の研究者と異なるタイプで、構想が壮大でありながら、細部の実証も手堅く、何より明晰な物言いをする高橋氏の所論に大変関心をもち、入手しにくい大学紀要などに書かれた論文や講演集まで折に触れて集めていた。薩摩藩討幕派の動向が詳しく書かれた論文が多いのも関心をもった一因だった。とくに「
討幕の密勅と見合わせ沙汰書」という論文などは意表をつかれたものだ。
巻末の解説で、伊藤之雄氏が幕末維新史をとらえる視角として、高橋氏が「
天皇原理」と「
公議原理」という二つの概念を提起したことを挙げている。まさにこの二つの原理が幕末維新期の政治史のみならず、近代政治史までを規定していることは間違いないだろう。
問題は両原理の対立・葛藤や相互依存・補完の関係を、より具体的・動的に把握することにありそうだ。
とくに大政奉還から王政復古にかけては、討幕の密勅を得た薩長討幕派の動きにもかかわらず、「
公議原理」が優勢だったというのはその通りだろう。王政復古政府は「
公議原理」により規定された政府だったといってよい。
今回の遺稿集は既論がほとんどだが、氏の没後に『日本史研究』に掲載された論文「
幕末長州における藩官僚と有志―八月一八日政変から元治内乱へ―」や、「
薩長同盟の成立」という書き下ろしなど、未見の論文も含まれているので、非常に楽しみである。
この遺稿集が高橋氏の望む形だったかどうかはわからないが、ともあれ、刊行が何よりの供養ではないかと思う。