膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
阿弥陀寺
新暦と旧暦の違いがあるが、今日は本能寺の変が起きた日。
信長・信忠の425回目の命日でもある。

今年3月に上梓した拙著のあとがきで、計算間違いして415年と書いてしまった(冷汗)。

じつは、今も本能寺の変の原稿を書いている。何とか今日中に仕上げなければ……。

少し宣伝しておきます。
今月末発売予定の「歴史読本」8月号別冊(文庫版)が「信長記」特集である。
友人の和田裕弘氏と共著となった。太田牛一の「信長記」(信長公記ともいう)の世界を読者にかいま見てもらえたらと思う。

現在、「信長記」の伝本は50点以上知られ、40点以上が現存している。
そのすべてを把握するのは至難の業であるが、和田氏が可能なかぎり、全容を把握しようと努めた力作である。

私の分担は、そのうちから天理本と尊経閣本(15冊)の2点を少し詳しく紹介した。天理本は桶狭間合戦について、あまり知られていない情報が書かれている。
尊経閣本(15冊)はどうもよくわからない写本だ。池田家本系統だと言われているが、どうもそうだとは言い切れない。
この写本の面白さは本能寺の変以降の記事がじつに10数頁にわたって書かれていること。備中高松城の開城のいきさつ、山崎の合戦、光秀の最期まで書かれている。どれも非常に興味深いことが書かれている。
よかったら、お買い求め下さい。

写真は阿弥陀寺にある信長・信忠の墓
 
南日本新聞連載コラム「さつま人国誌」第9回連載。

今回は紙面の都合で、昨1日(金)に掲載されました。
次回からは通常どおり、土曜日です。

戦国島津氏のくじ取りというテーマ、なかなか興味深いです。
コラムに書いたように、貴久と義久の代、約30年に集中しています。忠恒(家久)の代になると見られなくなります。
島津氏が九州の雄となる過程で見られるというのは、いろいろな想像をかき立ててくれます。
また、国策の決定において、ここまでくじ取りに頼る戦国大名は島津氏だけではないかと思います。それを特殊と見るか、時代遅れと見るか……。

今回は(上)で、次回(下)は、豊臣秀吉の九州下向を前にして、「神慮」が動揺・混乱する様子を述べたいと思っております。