膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
今晩(11日)の番組、桶狭間合戦を取りあげていた。

さっそく黒田日出男氏の「乱取状態急襲」説(甲陽軍鑑典拠)が登場していた(詳しくはここ)。今年の仮説がもうTVに登場したのだから驚きである。果たしてそれほどの学説なのかどうか、まだまだ検証が必要だろう。

そして、今川義元の視点からだと新味を打ち出したと強調しながらも、桶狭間合戦の重要な論点はすべてスルーされていた。少なくとも私にとっては、ほとんど見るべき値打ちがない番組だった。

スタジオ出演の小和田哲男氏も、黒田説をどのように考えているのか、また奇襲か正面攻撃かという点についてもコメントしないままで終わった。

乱取状態急襲」説って、そんなに説得力があるのかな? 新説好きのNHKが飛びついただけじゃないのか。
 そもそも、『甲陽軍鑑』への史料批判はまだ確たる結論が出たとは思えない。少なくとも『信長公記』首巻よりもそんなに信用できる史料なのかという疑問がある。お膝元の武田氏関連の記事さえ、おかしい点がたくさんあるのに、他国の記事がそれほど信用できるとは思えないのだが……。

 たとえば、武田氏研究で知られる平山優氏は近刊のあとがきで、『甲陽軍鑑』をもとに山本勘助を書くと研究者仲間に話したところ、止めた方がいいという否定的な反応が多かった、大げさにいえば研究者生命を賭していたと書いていたほどである。『甲陽軍鑑』の再評価が進んだ現在でもかくのごとしである。
 これに対して、『信長記』(信長公記)をもとにして信長を書くといっても、同様な反応があるとは思えない。
 この反応の違いこそ、両史料の信頼性のありようを如実に示している。

また、黒田説では「急襲」の定義が奇襲と強襲のどちらなのか曖昧である。あるいはそんな区別は不要なのだろうか。これは藤本正行説(これは正面強襲説だろう)との関わりからも、曖昧にできないのではないか。

素朴な疑問をあげれば、乱取って今川軍だけにかかわらず、すべての戦国大名に共通する性向であろう。藤木久志氏が描いた「雑兵の世界」は上杉謙信の関東出陣から着想したものだと思う。
だったら、川中島合戦だって、上杉軍は北信四郡で乱取をほしいままにしたはずなのに、その隙を武田軍に衝かれたという話は聞かないし、いわゆる第4次川中島合戦では、上杉軍は整然と行動しているイメージがある。

今川軍だけ、よほど間抜けなんだろうか?

しかし、番組では今川義元は緻密な軍団を組織したって褒めていたのに、矛盾を感じないのかな? 上杉軍などよりずっと軍律が厳しそうな感じで解説していたけどなあ。

桶狭間合戦を取りあげるなら、そうした肝心な課題を避けられないはずで、それに取り組む気がなかったら、作らないほうがましではないか、という印象をもった。