南日本新聞連載「さつま人国誌」第17回
―壮絶な武士道と愛の形―
連載コラムが更新されています。
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今回はおそらく当連載でいちばん変わったテーマかもしれません。なかなか正面から取り扱われる話題ではないからです。
分量の関係でコラムだけでは書ききれなかった点を補足しておきます。
私はこの問題は近世薩摩の郷中教育の成立との関係で、もう少し掘り下げられてもよいのではと思っております。
この方面の名著といわれる、氏家幹人『武士道とエロス』(講談社現代新書)では、武士道と衆道が密接な関係にあったことが明らかにされています。
とくに薩摩関係の話題が多く、平田三五郎の話や、拙コラムでも取りあげた明治中期の「稚児道」が薩摩の衆道の典型例として語られています。
ただ、こうした逸話を「衆道」のみを媒介項にして語るだけで十分なのかという点については、最近、少し疑問をもっております。
とくに「稚児道」や「稚児様」という美少年を二才たちが祭り上げる慣習は、薩摩の外城制との関係も考慮に入れるべきだろうと思い始めています。
美しい「稚児」が「主君」になぞらえられていたことの意味を掘り下げてもいいと思うのです。
またこの風習の成立に、おそらく山田昌厳が関わっているのではないかという感触もあります。