膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
武家屋敷

出水の武家屋敷群のなかの仮屋門(地頭の館を仮屋という)

とある筋によれば、「篤姫」第1回に、郷里の出水の武家屋敷が登場したそうである。

この武家屋敷は知覧のそれと並んで、当時の家並みがよく保存されており、国の重要伝統的建造物群保存地区にも指定されている。詳しくはここ

薩摩藩領には、100以上の外城(とじょう)や私領があった。これを○○郷とも称する。
外城は島津家の直轄地、私領は一門・門閥の所領で、ともに麓と呼ばれる地方武士団(郷士・私領士)の集住地域があった。この地方武士団は鹿児島城下の城下士(西郷・大久保など)と厳密に区別され、身分差別もあった。
出水郷は藩内最大規模で、郷士数も1.000人を超えていたといわれる。西南戦争には約600人従軍したとか。

郷里の武家屋敷で「篤姫」のロケがあったというのは地元の新聞記事にもなっていた。でも、どこで登場するのかよくわらなかった。
ドラマでは、まだ世子の島津斉彬が初めてのお国入りのとき、今和泉家の島津忠剛の案内で、地頭の屋敷(仮屋)とおぼしきところに立ち入り、郷士たちの踊りを見学する場面があった。あの屋敷が郷里の武家屋敷だったらしい。

なお、ロケ地は出水の武家屋敷だったが、ドラマでは伊集院郷苗代川という設定だった。苗代川は薩摩焼の窯があるところで有名です。

ただ、あの郷士の踊りは覇気がなくて、ちといただけなかった。