南日本新聞連載「さつま人国誌」第41回
―遷都と奇夢が結ぶ因縁―連載が更新になりました。
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今回は前回に引き続き、前島密について書きました。
前島と大久保利通がともに遷都論を提唱したのはよく知られています。
大久保の遷都論は一応、大坂が目標でした。
諸外国の公使館があることや通商貿易に適しているというのがその立地上の理由でしたが、大久保にとっての本質問題は場所ではなく、天皇を京都から引き離すことにあった気がします。
それは幕末の周旋活動において、公家衆にさまざまな理由で天皇との交流を遮られたのがきっかけだったのも間違いなく、大久保は遷都の建白書のなかで、京都の公家社会を次のように切り捨てています。
「数百年来一塊したる因循の腐臭」
そのような惨状の京都から天皇を救い出し、「公家のための天皇」ではなく、「国民のための天皇」という姿こそが理想で、大久保は「一天の主」(天皇)と「下蒼生」(人民)の「国内同心合体」を実現しようと考えました。
前島密の東京遷都論は、戊辰戦争への対応、関東以東の人心安定という面に重点が置かれているように思います。
それにしても、大久保の奇夢の話を紀尾井町事件の直前に聞かされていた前島のショックは相当なものでしょう。事件当日、前島はいち早く現場に駆けつけた一人です。
「夢なら醒めよ」と念じた前島の気持ちはよくわかります。
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