膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
日次記です。

20日(水)
夜、島津晴久氏(重富島津家当主)より電話あり。
18日に江戸東京博物館で、関係者・招待者だけによる「篤姫」展の事前内覧があり、それに参加された報告を聞く。じつはさるお願い事をしており、その結果を伝えていただいた。
何と、その場に、ゲストとして宮崎あおい、瑛太の主役2人も来ていたとか。
事前に知っていたら、何とか潜り込んだのに。

21日(木)
南日本新聞の連載「さつま人国誌」で、しばらく小松帯刀の連載をすることにした。
5月下旬の講演会もあり、その前宣伝の意味と、やはり小松の知られざる面を多くの人に知ってもらいたいためである。
今週土曜日が1回目掲載で、5回つづける予定。

同じく上記連載の新ネタ。
宮崎方面のある史跡写真をブログで知りあった方から送っていただく。
前から関心があった事件だったが、写真がないために書けずにいた。
いい写真をたくさん送ってもらった。
これで書けるメドがたった。
まことに有難い。
最近、ブログを通じたステキなネットワークが構築できているのを実感する。

幕末京都のこの間の懸案事項。
中村武生氏のブログでも話題になっている件。
とある近世朝幕関係史に詳しい研究者に思い切ってお尋ねすることにした。
朗報があればいいな……。

夕刻、「兼見卿記」輪読会。
神保町の某女子大にて。
今回は参加者が多かった。
天正15年(1587)を読んでいるが、なかなか面白い。
ある遠州の僧侶が、霊夢を見たとして賜ったという正親町天皇の古い御製を持参して、そのお墨付きを得ようとした、一種の詐偽事件の記事あり。
けちくさくて面白い。
といっても、読んでいる当人たちでないと、ブログでは伝わらないかもしれない。

新書の初校ゲラの校正が滞ったままである。
早くやらないといけないが、他の仕事があってなかなか手をつけられないでいる。
歴読の連載もすぐ締切が来る。急いで書かねば。
桶狭間合戦に入るかどうか、迷っているところ。

どの仕事も中途半端で、なかなか収拾と区切りがつかない。このどっちつかずの状態を早く何とか立て直したいが、やるっきゃないだろう。

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日次記です。

19日(火)
元古書店主で、現在、歴史研究家の長岡由秀氏より『新釈 生麦事件』(文藝春秋企画出版部刊)をご恵贈いただく。ここにアマゾンの紹介あり。
長岡氏は長年、生麦事件、とくに英国人リチャードソンを斬ったのが誰なのか、通説の奈良原喜左衛門ではなく、実弟の喜八郎繁の関与もあり、それが何らかの事情で隠されてしまったのではないかという推理を展開している。

奈良原繁といえば、寺田屋事件でも有名だが、生麦事件のとき、島津久光の大名行列のなかにも供目付としてたしかにいた。繁も何らかの行動を起こしたとしてもおかしくなく、それが、その後の兄弟の明暗にも影響しているのではないかという大胆な見通しをもっておられるようだ。とくに兄喜左衛門の墓に刻んである命日が通説と異なっていることも発見している。

私からも、弟繁が生麦事件に関与したかもしれない史料をお礼代わりに贈呈した。

同じく、友人の作家、植松三十里さんからも御高著をいただいた。だいぶ前に頂戴しながら、ご紹介が遅くなった。

天璋院と和宮』(PHP文庫)

まさに旬のテーマである。
大奥での二人の葛藤と和解・相互理解がモチーフになっているようだ。
女性らしい視点と、繊細な描写は、とても私には真似できない。
篤姫と和宮の関係を知りたい方には格好の本だろう。


20日(水)
以前、頼んでいた図録『小西行長』が届いた。
昨年の展示会に合わせて刊行されたもの。
小西行長の支城、八代城があった八代市立博物館未来の森ミュージアムが版元。
行長の発給文書を中心に、キリシタン関係や八代城跡から発掘された遺物なども収録されている。
行長文書は多くが写真付きで有難い。

小西行長

八代城は近世になって、加藤清正から細川氏に領主が移り、とくに細川忠興の重臣、松井佐渡守康之が入部し、幕末まで松井家が城主だった。

八代市立博物館では、現在、「八代城に備あり」と題した特別展示を行っているようである。
サブタイトルが「薩摩境目の城として」とあるように、細川氏にとって、南の島津氏に備える重要な拠点だった。
会期中、村落論で有名な稲葉継陽氏の講演があったようだが、すでに終わっている。残念。一度拝聴したいものである。

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