南日本新聞連載
「さつま人国誌」第65回
―長い闘病生活と肺結核―私の連載が更新になりました。
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今回は表題のとおりです。
小松の死因は意外と知られていないと思います。
私もこれまで講座や雑誌記事などで、「
足痛」を強調してきましたから、それではないかと思われたかもしれません。
私も一時はそうじゃないかと思っていました。
でも、違ってました。
肺結核だと思います。
肺結核と「足痛」の因果関係はなさそうにみえますが、「足痛」が糖尿病だったとしたら、免疫力が低下して合併症を引き起こしやすくなるんじゃないかなとも思います。それで結核に罹患してしまったとか。
まったくの門外漢なので、あくまで素人の見たてです。詳しい方がおいでなら、ご教示下さい。
先日、大阪に行ったとき、オランダ人医師ボードウィンの宿舎となった法性寺を拝観してきました。
彼が小松の治療にあたったわけですが、小松はこの寺を訪問する余力はあったのかと気になりました。小松の大久保利通宛て書簡を見ると、自宅療養だったのではないかと思われますが。
ボードウィンは小松をヨーロッパで治療させようとしたようです。
でも、小松に長い船旅に耐えるだけの体力が残っていたとは思えませんし、また無事に着いても、当時の医療水準では、肺結核を完治させるのは難しかったのではないかと思います。
もしかしたら、小松はヨーロッパで客死という可能性もあったわけですね。
次回は、小松の死後のことを書いてみたいと思います。
小松の後継はどうなるのか、実子の安千代と養子の右近(町田申四郎)はどうなるのかといったところです。
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