膏肓記

歴史作家桐野作人のブログ  織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記

 
日次記です。

7月29日(火)庚午、天晴のち雷雨
雷雨がやんで、古文書塾「てらこや」出講から帰宅すると、注文した古書がどっと届いていた。同時に、国会図書館に複写依頼していた論文もまとめて届いていた。またまた出費が大変である。
古書は、あるテーマを追って、近代政治史研究者の坂野潤治氏の過去の著作を購入。

『近代日本の国家構想1871−1936』岩波書店
『近代日本の対外態度』佐藤誠三郎・R・ディングマン編、 東京大学出版会


30日(水)辛未、天晴
雑誌連載の原稿に苦吟。書きたいテーマがまとまらないというか、話題が分散していて、全然一貫していない。何とか「論」が立てられないか苦心惨憺。思い切って、何点かの史料と論文を読み込んでまとめていたメモをほとんど全部捨てることにした。これにこだわっていたから、書けないのだ。少し希望が見えてきたが、脱稿できず。

某雑誌から原稿依頼。
上杉謙信である。もう来年の大河企画が始動しているのだ。
そういえば、別の某雑誌からインタビューを受けることになっている。
これもテーマは直江兼続。
来年のことをいえば、鬼がなんとやらだが、今年の摘み残した仕事はどうすればよい(トホホ)。

先日、依頼のあった鹿児島での講演について、スケジュールを含めて具体化する。担当者が上京してくるというので、顔合わせ、打ち合わせに一度会うことになった。
また暑い、もとい熱い鹿児島に乗り込むことになりそうだ。
夜中に新聞連載の原稿何とか仕上げる。今回は先週に引きつづいてユニークなテーマかも。乞うご期待。
数日前、某会の事務局から久々の宴席の案内をいただいたが、義理を欠いていてとても顔向けできない。そんな時間があったら、1枚でも多く原稿を書くべきだろう。

31日(木)壬申、天晴
苦戦の末、雑誌連載原稿、ようやく脱稿。
手作りの図版原稿も出来た。図版といっても、簡単な地図なんだけど。
合間に小松帯刀の史料を整理していたら、意外と重要な記事を見つけたりする。これだから、なかなか進まないのだ。
また、鹿児島の某団体から別件の講演会について打ち合わせ。
テーマが「小松帯刀と坂本龍馬」
かなり大きく出た(笑)。今年と再来年の大河の合体である。

夜、『兼見卿記』の輪読会に出席。
聚楽第竣工や北野の大茶会など、ビッグイベントが目白押しだから、なかなか楽しい。
この輪読会では久々の2次会。夏バテ気味の私の希望で、ギョウザをたくさん注文。
みなさん、夏休みの楽しそうな計画を話していて、少し羨ましい。
仕事が遅い私には夏休みはありそうもない。

帰路、電車の駅をひとつ乗り越し、ビデオ屋に寄って、前から気になっていた映画2本、DVDを借りる。ささやかな夏休みだ。
そういえば、臨川書店から『時慶記』の第3巻刊行の案内届く。
関ヶ原合戦直後の慶長初年だし、また購入せずばなるまい。

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表題の雑誌に小松帯刀の記事を書いています。
発売日は8月5日とのことで、まだ書店には並んでいないと思いますが、掲載誌が送られてきたので、一足早くご紹介しておきます。

小松帯刀、大政奉還を実現した「周旋」の人

というタイトルです。
よかったら、読んで下さい。

タイトルにもあるように、小松の生涯や政治的活動のなかで、主に大政奉還に絞って書いています。小松の最大の仕事がそれだと思っているからです。
大政奉還は土佐藩の後藤象二郎の建白書がきっかけとなり、将軍慶喜の決断によって宣言されますが、当時の政局から見て、宣言しただけで、それが実現するとは限りませんでした。

まず、幕府内に幕府政治が終わることに対して、激しい反対がありました。親藩・譜代層のほとんどがそうであり、その代表が会津藩でした。彼らは何とか大政奉還を骨抜きにしようと巻き返しを図ります。

一方、薩摩藩内やいわゆる倒幕派陣営においても、大政奉還は将軍慶喜の幕権維持のための策略ではないかと疑っていました。
それは政権を返上しても、朝廷にはその準備も受け皿もないために、慶喜に再び大政再委任という形でブーメランのように政権が戻ってくるかもしれなかったからです。そのことは慶喜が朝廷からの支持を再調達することを意味するわけで、慶喜を中心とする幕府統治に正統性を与えられることを恐れていました。

そのような対立する両派から非難と猜疑で見られていた大政奉還を王政復古の地固めとして、具体化し、まとめあげたのが小松だったといっても過言ではありません。

それほど長い記事ではありませんが、大政奉還についての小松の関与に絞って書いたので、それなりに展開できたと思っています。

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