歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
お知らせです。

小学館アカデミー「てらこや」の体験講座を明日29日(火)19:00より開催します。
もう少し早くお知らせすべきでしたが(汗)。

体験講座は本講座の雰囲気をつかんでもらうための講座です。
ご自分に合わないと感じたら、本講座は受講する必要はありません。

来月から、新たな企画として、「佐佐木高行日記『保古飛呂比』を読む」を始めます。
その前哨戦といいますか、日記の概要はどんなものかを押さえつつ、日記の一部を読みたいと思っています。

佐佐木高行は幕末の土佐藩士で、大目付の重職にあった人物。当時は佐佐木三四郎という名前で知られています。
とくに長崎時代、坂本龍馬のよき理解者でもありました。

幕末の土佐藩の動き、慶応2~3年(1866~67)の長崎の動き、そして龍馬の去就などが見所です。

興味のある方は体験講座を受講してみませんか。
また、本講座からの受講も大歓迎です。追ってまた告知します。

講座開始は19:00からなので、お勤めの方も受講できる時間帯です。
場所は交通の便のよい神田神保町交差点のすぐ近くです。
会場MAPはここです。
お問い合わせ・申し込みなど詳しくはここをご覧下さい。

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【2011/03/28 18:21】 | てらこや
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第187回
―明治初年、最大の公共事業―

本日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は大震災の被災地と関わりのある記事にしました。
宮城県東松島市の野蒜地区にある明治初年遺構です。

記事にもあるとおり、内務卿大久保利通が構想した一大事業でした。
実施される前に大久保が暗殺され、事業も台風により頓挫したため、ほとんど忘れ去られた事業です。
大久保が安積疎水とともに、東北開発に賭けた情熱が現地にわずかながら余韻として残っていました。

しかし、今回の地震と津波のために、遺構そのものがまだ健在なのかどうかもわかりません。
現地には、この遺構を紹介する野蒜築港資料室も併設されていましたが、沿岸部にあったため、甚大な被害を受け、現在休館中とか。
せめて、こちらのサイトものぞいてみて下さい。ここです。

なお、現地の遺構写真を仙台市在住のSさんから提供していただきました。
被災されていたにもかかわらず、快く応じていただき、感謝するばかりです。
厚く御礼申し上げます。

次回は何を書こうか思案中です。
島津義弘のことを書くかどうか?

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【2011/03/28 17:23】 | さつま人国誌
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文化財の被害
ばんない
こんばんは。
大久保が東北開発に執心だったとは、不勉強な物で初めて知りました。

今回の震災で文化財もかなりの被害を受けているようですが、まだ全容把握には時間がかかりそうです。岡倉天心が茨城に建てた六角堂は建て物ごと津波に飲み込まれたとか。URLに貼っているのは朝日新聞の記事ですが、肝心の文化庁のHPにはまだ調査の途中経過報告などは掲載されていないようです。

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ありがとうございました。
卯月かいな
メールありがとうございました。

きのう、野蒜築港資料室のMさんとようやく電話できました。お元気そうでした。資料室はなんとか残ったそうです。記事になったこともお知らせしました。

とりあえずお知らせまで。

文化財
桐野
ばんないさん

被災地はまだ混乱期ですから、優先順位は人間が第一は当然として、ずっと後ろのほうで、公文書、最後は文化財でしょうかね。

よかった
桐野
卯月かいなさん

Mさんもご無事とのことでよかったです。
あの資料室、沿岸にあったのによく無事でしたねえ。よかった、よかった。

Mさんにもよろしくお伝え下さい。

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昨日、告知した表題の講演会、ここです。
本日、主催者から連絡あり、延期となりました。
水の安全などの理由からです。
朝令暮改のようで申し訳ありません。
昨今の事態ゆえ、ご了承下さいませ。

また、いくつかのブログにも紹介していただきましたが、ブログ主さんにはお詫び申し上げます。

中止ではなく延期ということで、5月開催の線で日程調整をしているところです。
決まりましたら、またご紹介します。

取り急ぎ、お知らせとお詫びまで。

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【2011/03/24 20:46】 | イベント
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講演のお知らせです。

来る27日(日)に江戸川区東葛西で表題の講師をつとめることになりました。

多事多難の折ですが、関心のある方はおいで下さいませ。
詳しくは江戸川区のサイトにあります。ここです。

念のため、概要を書いておきます。

歴史作家講演会「お江と信長・秀吉」
歴史作家 桐野作人氏による「お江と信長・秀吉」についてのおはなしです。
日時 2011年3月27日(日)14:00~16:00
会場 東葛西コミュニティ会館 2階 集会室1・2
出演 桐野 作人 氏
対象 一般 50名
参加方法 3月11日(金)~電話・カウンターで受付。
定員になり次第、締め切ります。
[主催・お問合せ先]東葛西図書館 TEL:03-5658-4008


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【2011/03/23 11:13】 | イベント
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第186回
―西南戦争、西郷との惜別―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

ウィリス特集の最後です。
西南戦争の勃発により、ウィリスは鹿児島を去ることになりました。
当初4年契約だったはずですが、8年近くいたということは一度契約延長されたのでしょうね。

今回書きたかったことは、ウィリス・サトウと西郷隆盛の会見です。
2人が西郷と会ったのもこれが最期になりました。
サトウの『一外交官の見た明治維新』には、何度も西郷が登場して印象的、好意的に描かれています。ウィリスも西郷には好感を抱いていたはずです。

しかし、この会見は私学校党の監視下で行われたため、大した話はできなかったようです。

記事でも書いたとおり、護衛と称する私学校党の連中は、戸外で待てという西郷の命にも従わず、邸内に乗り込んできています。彼らが独断でそんなことができるはずがなく、明らかに私学校党首脳部の命令です。彼らは西郷がウィリスとサトウから説得されて、挙兵から離脱するかもしれないことさえ恐れていたのでしょう。

この一件は、西南戦争を引き起こした主体がどこにあったかも示しています。決して西郷ではなく、私学校党の主戦派勢力でしょう。彼らにとっては、西郷も「神輿」だったわけですね。

西郷がそれでも挙兵に賛同し出征したのは、反対すれば殺害されたか幽閉されるかどうかは不明ながら、自分の政治力を失うことになるのがわかっていたからでしょう。
鹿児島という辺境の地にありながら、西郷が東京の大久保政府と対峙できたのは、最強の鹿児島士族が自分を支持してくれたればこそです。その彼らから見放されると、西郷も一個の好々爺にすぎません。
西郷が私学校党の挙兵に反対できなかったのも、みずからの政治基盤の喪失を恐れるゆえだったという見方もできるでしょう。

もうひとつは、西郷がウィリスに依頼した武器調達の一件です。
紙数の関係で記事には書けなかったことですが、西郷はその密書を私学校党幹部にも秘密に出しているようです。
ウィリス文書のなかにあるので、ウィリスの手許に届いたのは確実です。
しかし、おそらく西郷が宮崎あたりにいるときに出したものですから、この密書もだいぶ時間が経ってから届いて、ほとんど出し遅れの証文になっていて、ウィリスもどうしようもなかったかもしれないですね。

この密書の中身で注目されるのは、やはり奄美の黒糖売却のことでしょう。
西郷は無役ですし、鹿児島県庁の役人でもありません。いくら実力者だとはいえ、西郷は自分の一存で奄美の黒糖を売却できるのかという疑問がつきまといます。

明治10年(1877)段階、薩摩藩がなくなって鹿児島県に移行してから、奄美の黒糖の取り扱いについては、鹿児島士族による商社が独占していたような、それもはなはだ不評の(不勉強で不確かです)。
そうだとすれば、本来は民間資本の管理下にある黒糖ではないかと思われます。西郷はその商社の役員でもないはず。
にもかかわらず、なぜ西郷が大量の黒糖を自分の一存で売却できると思っているのか?

もしそれが可能な体制にあったとすれば、西郷による奄美黒糖支配が推定されるわけですが、それは明治下野期の西郷評価にも関わってくるでしょうし、西郷の上からの奄美観も示していますね。

従来、征韓論の下野から西南戦争に至るまでの4年間は、西郷をいただく鹿児島の不平士族と大久保政府との対決という構図でしか語られてこなかったわけですが、ウィリス宛て書簡は明治6年以降の鹿児島での西郷の動向の一端を示しているわけで、意外と重要な論点だと思いますが、ほとんど触れられたことがありませんし、他の史料との突き合わせなどもなされていないのが現状です。

あと、西郷の意向を代弁した木場貞政って誰でしょうか?
西郷の奄美流罪以来の友人で、大坂留守居役を長くつとめた木場伝内の縁者でしょうかね?

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【2011/03/22 15:39】 | さつま人国誌
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先日お知らせした、今月26日の表題の講演。
ここです。

当面延期ということになりました。
震災後の影響が読めず、見通しが立たないためです。

参加を予定したり検討されていた方には申し訳ありません。
ご注意下さいませ。

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【2011/03/16 14:17】 | イベント
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第185回
―来鹿し近代医学を普及―

昨日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

今回は前回の続きで、ウィリスが東京での夢破れて、来鹿し、鹿児島医学校の院長として活躍するところです。
ウィリスの月給900ドルというのは、当時破格の条件のようですね。
その分、彼はその報酬に見合う、あるいはそれ以上の仕事をしました。
優秀な医師を育成したこと、そして多くの患者を診療・手術したことです。

明治3年(1870)、入院した重症患者の治療記録が残っていますが、4歳から76歳まで、あらゆる世代を診ています。症状も、

踝骨脱傷、白内障、梅毒瘍、頭脂癌、陰嚢水腫、肩胛関節脱臼、淋病眼、下肢関節短屈、角膜開陽、尿管漏、下疳面瘡、全身衰弱、便毒、両脛骨潰瘍、結核兼脛骨膜炎、蛋白尿、結膜腫、脱肛痔、鼠蹊膿瘡

など多種多様で、内科、外科、泌尿器科、眼科、整形外科などあらゆる診療科に及んでいます。
当時の西洋医は何でも診たんですね。

なお、ウィリス夫人になった江夏八重子については、墓その他につき、掲載後、貴重な情報をいただきました。
有難うございます。

次回は、西南戦争勃発でのウィリスの動向、西郷隆盛との別れ、離鹿について書きます。

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【2011/03/15 13:11】 | さつま人国誌
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診療科
岩剣石塁
 現在の都市部の大病院では、専門の診療科で
各専門医による診療が行われていますが、
僻地の診療所に行くと、一人の医師が
専門外の傷病の診療まですべて診られます。
 ある程度臨床経験を積まれた医師に当たるか、
大学出たての医師に当たるかは運ですが(汗)

 当時最先端の西洋医学による治療を受ける
ことができた赤倉の患者は幸運だったですね。
 

偉丈夫ウィリス
坐忘
治療の質と量、そして敵味方を問わず治療する赤十字精神、優れた人材の育成と、まさに神業の領域に属するような人だったのですね、改めて瞠目させていただきました。
門下の高木兼寛が脚気論争で主流のドイツ医学の定説を下して、多数の将兵の損耗を食い止めたことは画期的でしたが、彼の実証的態度はウィリスから受け継いだものだったのでしょうかね。
いずれにしても、ウィリスという人はもっと広く知られ、感謝されて然るべき人だと思いました。

ウィリス
桐野
岩剣石塁さん、坐忘さん

返事が遅くなり、すみません。

ウィリスはたしかにすごい人ですね。
鹿児島では決して忘れていけない恩人だと思います。


昨日の
岩剣石塁
5月4日の南日本新聞朝刊のひろば欄によると、
ウィリスの息子・アルバートの娘の方が
大阪で87歳でご健在だとか。

新聞見ました
桐野
岩剣石塁さん

南日本新聞の当該記事、本日読みました。
何と、私の連載が紹介されていたんですね。
私も在鹿の友人から子孫がおいでだと知らされておりました。
一度お目にかかれたらいいなと思います。
情報有難うございました。


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小学館アカデミー「てらこや」の講座受講のみなさま

大震災の影響もあり、明日の講座は休講になりました。
主催者からもご連絡があったかと思いますが、念のためお知らせします。
どうか皆様もご無事で、つつがなきをお祈りします。

来週以降のスケジュールについては、追って主催者より連絡があると思います。


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【2011/03/14 16:41】 | てらこや
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ものすごい地震でした。
東北地方のみなさんは大変ですね。

私は自宅におりました。
だいぶ揺れましたが、多少物が落ちた程度で、ほとんど被害はありません。
電気・ガス・水道などライフラインも大丈夫です。

いまは被災地の方々のご苦労に思いを致すばかりです。

【2011/03/11 21:10】 | 雑記
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ご無事で何よりです
木之下まこと
今はただ、被害が拡大しないことを祈るばかりです。


丸義
桐野先生、御無事で何よりでした。
私は阪神大震災も経験してるので(活断層の真上で)、
本当に怖かったです・・・
余震が続いてるので安心出来ません。
被災者の方々にお見舞い申し上げます。

初めまして
しゅーみ
福島県内在住です。
私の住む福島市はほかと比べると被害がすくない方だと思われますが、
海沿い地域はどうなっているのか心配でなりません。
仕事上最大津波を観測した地域に多数の顧客がいるのですが今はただ無事を祈るばかりです。


言葉がありません
桐野
お見舞い有難うございます。

一夜明けて、想像以上の被害に呆然としています。いくつかの自治体は壊滅状態と報道されています。
犠牲や被害が少ないことを祈るばかりです。


市野澤 永
こんばんわ。

交通手段がなくなり、勤務先の図書館に泊まりました。
先程、帰宅できました。

講演会の受付、昨日の12時から開始しました。
レジュメの件、伺いました。
宜しくお願い致します。


ばんない
3日目の晩を迎えようとしてますが、阪神大震災をもはるかに凌駕する状態のように見受けられ、ただただ絶句するのみです…。
関西の方も、近いうちに似たようなタイプの地震(東南海地震とか南海地震とか)が来ると言われてますので、人事ではありません…。

関東地区では明日から計画停電が始まるようで、生活がかなり不便になるかと思いますが、気をつけてお過ごし下さいませ。

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講演のご案内です。

来る3月26日(土)、幕末史研究会の例会で講演することになりました。
龍馬暗殺がテーマです。
興味のある方は参加してみませんか。

日時:3月26日(土)14:00~16:00
会場:武蔵野商工会館4F
   JR中央線吉祥寺駅北口徒歩5分 マップはここです。
講師:桐野作人
論題:薩摩藩から見た龍馬暗殺
内容:近江屋事件について薩摩藩黒幕説が根強いですが、慶応3年後半の   政局を押さえながら、それがおかしいことを論証します。

参加費:一般 1500円
    大学生 500円
    高校生以下 無料
入場定員:90名(先着順)

人数がいっぱいで、お断りする場合以外、返信メールは差し上げませんので、そのままおいでください。

申し込み・問い合わせ先(FAXかメールでお申し込み下さい)
FAX:0422-51-4807
メール:spqh4349@adagio.ocn.ne.jp
事務局:〒180-0006 東京都武蔵野市中町2-21ー16 小美濃清明

*事務局よりメールアドレスが変更になるかもしれないと聞きましたので、FAXでのお申し込みが無難だと思います。

同会のサイトがここにあるのですが、なぜか更新されていませんね。

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【2011/03/09 23:32】 | イベント
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一昨日の6日(日)午後、野田市での講演に出かけた。

しかし、拙宅から野田は遠かった。片道2時間かかった。
つくばエクスプレスにも初めて乗った。

野田といえば、醤油の町。
駅に着くと、醤油の香りが漂ってくるかと思ったが、すぐお迎えの車に乗ったので味わえずじまい。
主催者の方の話だと、最近は機械化で、昔ほど香りがしなくなったとのこと。

会場の興風会館は、キッコーマン本社ビルのすぐ隣にあった。
文化財級の由緒ある立派な建物。
キッコーマンの社会還元事業の一環として建てられたらしい。
同会館のサイトを紹介しようと思って調べてみたところ、何と、本当に「登録有形文化財」でした。
こことかここです。

講演テーマは大河ドラマの主人公、江とその時代について。
じつをいうと、江について話をするのはこれが初めて。
ですから、ペースがつかめないというか、けっこうしどろもどろだったかも。
レジュメもあまり多くしてはいけないと思って、最小限に抑えた。

使ったのは『浅井三代記』『以貴小伝』『慶長日件録』『兼見卿記』などごくわずか。
ほんとはほかにも『織田軍記』『翁草』『織田家雑録』『柳営婦女伝系』『佐治幾衛家譜』『柴田合戦記』『太閤素生記』など準備してたのだけど、思い切って全部割愛。

貧乏性のせいか、いつもたくさん史料用意するけど、今後は「断捨離」のほうが楽でいいかも。

何とか無事終了した。
質疑応答で、関ヶ原の島津退き口について、本多忠勝の質問が出たのには意表を突かれる。
本日のテーマとあまり関係なかったので、少ししか答えなかったが。

帰りに、主催者からピーナツ最中という和菓子の詰め合わせをいただく。
帰宅して食べたら、とてもおいしかった。

幾人かお知り合いの方もお見えでしたが、あまり話もできずに失礼しました。

今後、4月から「江」からみの講座が目白押しです。
よかったら、受講して下さいませ。
また案内を書きます。

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【2011/03/09 00:07】 | イベント
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第184回
―戊辰戦争で負傷者治療―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回はまた幕末に話を移しました。
前々から書こうと思っていたウィリアム・ウィリスについて3回に分けて書きたいと思います。

今回は鳥羽伏見の戦いでのウィリスの治療ぶりです。
この一件は、以前、小学館の講座「てらこや」で、小松帯刀の新出書簡をご紹介して検討したとき、ウィリスに同行して入京したアーネスト・サトウに宛てた小松の礼状だったことが判明したのがきっかけでした。
年次比定をして慶応4年(1868)1月のものだと結論しました。
そのとき、関連史料として『元帥公爵大山巌』や西郷隆盛書簡などを紹介して、ウィリスの招聘と治療ぶりがよくわかりました。

ウィリスについては、少なくない論著がありますが、近年刊行されたウィリスの翻訳書簡集が役に立ちそうです。

次回はウィリスが薩摩にやってきて治療にあたるところを書く予定です。

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【2011/03/07 23:24】 | 信長
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先日、旧暦の年忌でも書きました。
本日は新暦での400年忌です。

その実績の割に知名度で報われない義久なので、くどいくらいの告知をしてもいいと思います。

先日の新聞連載記事で、義久の死は戦国島津氏の終焉だと書きましたが、別の言い方をすれば、日新斎忠良以来、貴久、義久という3代の島津本宗家の終焉でもありましょう。

勝久から貴久への代替わりのとき、勝久は守護職の「悔い返し」をしています。「悔い返し」はいったん譲与した所領や権限を取り戻すことです。

そして、義久も一度目は義弘から、二度目は忠恒(のち家久)から三州太守の地位を「悔い返し」していますね。

義弘は家督を継いだか否かという議論がありますが、それだけではこの問題の答えは得られないのではと思っています。

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【2011/03/05 23:32】 | 信長
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ばんない
こんばんは。

>義久も一度目は義弘から、二度目は忠恒(のち家久)から三州太守の地位を「悔い返し」しています

不勉強な物で、忠恒からの悔い返しは知っていたのですが、義弘からも悔い返していたことがあったのは知りませんでした。いつ頃の話でしょうか?

悔い返し
桐野
ばんないさん

お尋ねの件、うっかり書いてしまいましたが、「企業秘密」でした(汗)。

いくつかの史料によれば、天正13年から14年にかけて、義弘が家督相続をしたらしく、上井覚兼が忠節を誓う起請文を呈したり、近衛前久や将軍義昭から祝儀の使者が義弘に送られています。

義久は一度は義弘に家督を譲ろうとしたのは確実だと思われますが、いつの間にか沙汰止みなったようです。
いつ、どのような理由なのか不明ですが、その後、久保が家督候補になっていますから、義弘の家督相続は取り消されたものと思われます。

これをもって、義久の「悔い返し」だと私は思っているのですが……。

めしのたね
ばんない
御回答どうもありがとうございました。
>お尋ねの件、うっかり書いてしまいましたが、「企業秘密」でした(汗)。
え、そうだったのですか…。
なかなか興味深い話なのですが、ここではこれ以上続けない方が良さそうですね(苦笑)。

といいつつ、ちょっと書いてしまいますが(汗)義弘は足利義昭から偏諱をもらい一時期「義珍」と名乗っていますが、この辺もこのネタに関連があるのかも知れませんね。

しかしいつ書いても思うのですが「義珍」って変わった名前ですよねえ…。私の知っている限りでは、他に島津氏で「珍」を名前に入れた人は、時代が一気に下がりますが島津珍彦ぐらいのような。


桐野
ばんないさん

義珍(よしたか)名乗り、大いに関係あります。

「珍」の付く名乗りはたしかに少ないですね。
ただ、珍彦は義珍と違い、通称ですね(実名は忠鑑)。

「薩陽武鑑」の人名索引を見ましたが、「珍」が付くのは珍彦さんだけでした。
ほんと「珍」しいですね。

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4月から始まる講座のご案内です。

NHK学園の新宿パークタワー教室で、4月9日(土)から毎月1回、計5回の講座をやることになりました。

タイトルは「お江とその時代」。
大河ドラマに合わせて、お市の方や三姉妹をもう少し詳しく、歴史背景と共に学ぼうという趣旨です。
土曜日開催ですので、お勤めの方も受講できる可能性は高いですね。
興味のある方は受講してみませんか。

詳しくは同学園サイトのここをご覧下さい。
「春のおすすめ講座」として2番目に案内があります。

念のため、要領を書いておきます。

講座名:お江とその時代
講 師:桐野作人
期 間:6カ月5回
日 時:第2土曜日 13:30~15:30
会 場:新宿パークタワー教室
    新宿区西新宿3-7-1パークタワービル8F
受講料:13.500円(資料代別途)
講座内容
 4月 9日:お江の生誕と元亀争乱
 5月14日:お江の結婚と秀吉
 6月11日:お江と秀忠の結婚
 7月 9日:お江と二人の姉
 9月10日:お江と子どもたち

問い合わせ先
03-5322-6564
9:30~17:30祝日を除く(土日は15:00まで)


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【2011/03/05 00:15】 | イベント
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講演のご案内です。

来る6日(日)14:00より、千葉県野田市の興風会館にて、表題のような講演会をします。

詳しくはここをご覧下さい。

サブタイトルが「織田・豊臣・徳川の治乱興亡」となっています。
お江の3度の結婚を中心に、その時代背景と共に考えます。

関東圏の方で興味のある方はおいで下さい。
大きい会場なので、余裕はあると思います。
日曜日の遠出のつもりでお出かけ下さいませ。


日時:3月6日(日)14:00~15:30(開場13:00)
会場:興風会館(野田市野田250)
   東武野田線野田市駅徒歩10分
入場料:1.000円
   予約不要、高校生以下500円、当日会場にて
定員:500名
お問い合わせ:財団法人興風会
 電話:04-7122-2191


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【2011/03/02 10:54】 | イベント
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