歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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本日、南日本新聞連載「さつま人国誌」が更新になりました。

同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は島津歳久の3回目で最後です。

秀吉との確執から、秀吉に恨まれ、梅北一揆を口実に自害に追い込まれていく敏久の最期を書きました。
中風かリウマチにより、身体が不自由になり、公務ができなくなったことも不運でした。

ただ、分量の関係で十分書き切れていません。

・歳久の最期の場面
・歳久の首級が京都の一条戻り橋から日置島津家の墓所に納められるいきさつ
・歳久死後、歳久家の籠城、孫の袈裟菊の家督相続による日置島津家の成立

などもそのうちに書けたらと思っています。

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【2015/02/23 23:58】 | さつま人国誌
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来る3月21日(土)、都内で日帰りのバスツアーを挙行します。

テーマは「桜田門外の変と薩摩藩」

同行ガイドは私です。
とくに井伊大老の首級を挙げた薩摩浪士、有村次左衛門に焦点をあてています。
今年の大河ドラマの主要登場人物の史跡も訪ねます。
詳しくは、ここをご覧下さい。

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【2015/02/20 23:51】 | 信長
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南日本新聞連載「さつま人国誌」が昨16日に更新されました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

島津歳久特集の2回目です。
垂水にある早崎と小浜古城の戦いについて書きました。
また歳久が天正3年(1575)に上京していることも書きました。
同年、弟家久が上京しているのは有名ですが、歳久の上京はほとんど知られていないのではないでしょうか。
上京の目的は何だったのかについても少し書いてみました。

ほんとは今回で天正14年(1586)の豊後攻めまで書きたかったのですが、紙数の不足のため書けませんでした。

次回は歳久の秀吉との対決からその最期までです。

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【2015/02/17 10:51】 | 信長
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南日本新聞連載「さつま人国誌」が昨日更新になりました。
第356回:島津歳久、波乱の生涯・上―金吾の異名、吉田城主へ―

同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

島津四兄弟の三男歳久について、上中下3回に分けて書く予定です。
今回は生誕から吉田城主になるまでです。

次回は大隅での早崎合戦から豊後侵攻戦と撤退までを予定しています。

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【2015/02/03 09:23】 | さつま人国誌
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