歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨30日、武蔵野大学生涯学習講座「戦国島津氏と関ヶ原合戦」開講。同大学千代田教室にて。
2時間休憩なしでぶっ通し。立ったままだったので疲れました。

資料レジュメ作成にあたり、引用史料をできるだけ絞ったが、それでも23点あり。
2時間でも厳しいと思っていたが案の定で、最後の30分は駆け足になって申し訳なかった。

それでも、ネットでの反応はおおむね好評でよかった。

来週の6月5日には、徳川家康の没後400年記念として、
特別講座「<徳川家康没後400年>徳川家康と関ヶ原合戦―膨大な手紙作戦を考える―」
を開講します。
会場は、昨日と違い、三鷹サテライト教室ですので、お間違えのないように。
講座の概要や申込みなど、詳しくは、ここをクリックして下さい。
関心ある方の受講をお待ちしております。

また10月からの後期には、「島津四兄弟」をテーマにした月一(土曜日)の講座の開講を予定しています。会場は千代田サテライト教室です。
日程(予定)は以下の通りです。
10/10
11/14
12/12
1/9
2/13
3/26

関心のある方の受講をお待ちしています。

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【2015/05/31 10:36】 | 武蔵野大学社会連携センター
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表題の講座、いよいよ明日に迫った。
一昨日、資料レジュメを作成して主催者に送付した。
島津義弘の動きと退き口のあらましがわかる内容である。

東京でおそらく初めての島津氏講座だと思うので、少々力が入り、分量が相当多くなってしまった。
2時間講座でも、こなせるかどうか微妙。

講座の概要はここです。
まだ、2,3名なら余裕あると思いますので、首都圏で関心のある方はどうぞ。

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【2015/05/29 08:40】 | 信長
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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新しました。
同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

第370回:長い石垣、義久も使用

今春、肥前名護屋城を見学してきました。
その雄大さに驚くとともに、周辺に造られた諸大名の陣屋の数の多さ。
じつに120か所も見つかっているそうです。

そのうち、波戸岬突端近くにある島津義弘の陣屋跡も見学し、今回書きました。
立派な石垣の長い列が残っていたのが印象的でした。
写真はその一端を示しています。

いつから普請され、いつ完了したのか。大まかにはわかっていても、詳しくはわかりません。
また、太守義久と義弘が名護屋に退陣していた時期を検討してみました。
その結果、義弘が在陣していたのは、朝鮮渡海直前の一カ月程度ではないかと思います。
一方、義久は1年以上の滞陣だったと思います。
造営したのは義弘ですが、むしろ、義久陣屋といったほうが正確かも知れません。

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【2015/05/25 21:49】 | さつま人国誌
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いつか行って見たいです
かんな
今回のさつま人国誌を読んで、「しまった」と思っております。
5月に所要があり佐賀に行って来たので、どうにか時間をやりくりして肥前名護屋城に行き島津義弘の陣屋跡を見ようかと思いましたが…
・肥前名護屋城が広いのにじっくり周る時間がない
・島津義弘の陣屋跡がけっこう離れている
・島津義弘の陣屋跡は整備がされていないらしい
・義弘が在陣していたのはほんの少し
ということで、泣く泣くあきらめたのですが、
>立派な石垣の長い列が残っていたのが印象的でした
>義久は1年以上の滞陣だったと思います

行けばよかったと後悔しております。

残念でしたね
桐野
かんなさん

お久しぶりです。
名護屋城、次回はぜひ訪れて下さい。
圧倒されますから。

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本日夜9時、BS日テレ「解明 片岡愛之助の歴史捜査」

先々週の関ヶ原合戦特集前編の再放送があります。 
詳しくは、ここをクリックして下さい。

私もスタジオで愛之助さんと対談しているのでご覧下さい。
来週はその後編が放映されます。

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【2015/05/21 15:26】 | 戦国織豊
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武蔵野大学生涯学習講座の新年度講座4本をご案内します。

「信長公記を読む」(三鷹教室)。
継続講座で、4月17日「信長への左大臣推任と譲位問題」から。月一の6回講座。詳しくは、ここをクリックして下さい。

5月30日(千代田教室)単発講座「戦国島津氏と関ヶ原合戦」。
開講まであと10日ですので、最終案内です。
講師本人も東京で戦国島津氏の講師をつとめるのはおそらく初めてです。「島津の退き口」と島津家中の内情について。好評なら連続講座も考えています。詳しくは、ここをクリックして下さい。

6月5日(三鷹教室)単発講座「徳川家康と関ヶ原合戦」。
今年は家康没後400年(400回忌)にあたります。主に家康の手紙作戦について検討します。詳しくは、ここをクリックして下さい。

7月8日(三鷹教室)オムニバス形式古文書講座第4回「信長文書を読む―長篠合戦を中心に―」。
前回は五カ条の条書でした。今回は長篠合戦前後の信長黒印状を取り上げます。詳しくは、ここをクリックして下さい。

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【2015/05/21 08:01】 | 武蔵野大学社会連携センター
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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。

同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

第369回:西郷と月照の密会場か

ともに錦江湾に入水し、生死を分けた西郷と月照。
彼らが追い詰められた原因は、安政の大獄での月照への嫌疑です。
西郷も月照とたびたび密会したと伝えられ、京都には両者の密会場所とされる史跡がいくつかあります。
今回は清閑寺の郭公亭と、東福寺塔頭即宗院裏手の採薪亭を取り上げました。
本当に密会場所だったかどうかは、史料で確認するのは困難ではないかと思っています。

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【2015/05/18 13:57】 | さつま人国誌
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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。

第368回:大久保利通暗殺の衝撃

同紙サイトのここをクリックしたら、ご覧になれます。

5月14日は大久保利通の祥月命日です。
今年は137年になりますか。

大久保が暗殺された紀尾井町事件を期せずして目撃してしまった大久保の部下、日下部東作。
その衝撃で、とうとう辞官してしまいます。
その後、鳴鶴という雅号で、当代随一の書家として令名をはせました。

東作は元・彦根藩士。養父は桜田門外の変で斬られた人ですから、何かと薩摩と縁がある人でした。

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【2015/05/11 12:55】 | さつま人国誌
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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日、更新になりました。
同紙サイトのここをクリックすれば、ご覧になれます。

第367回:犬争奪から二十年戦争

犬の取り合いをきっかけに合戦になったという話です。
しかも、20年戦争というから恐れ入ります。
北薩の雄族、薩州島津家と渋谷党の東郷氏の抗争です。

また猫についての逸話も。
前関白太政大臣の近衛前久が島津義弘に何匹も猫を所望した話です。
義弘と猫といえば、朝鮮出兵のとき、猫を連れて行き、時間を読み取ったという話もありますね・

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【2015/05/04 22:12】 | さつま人国誌
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時乃★栞
こんばんは。
いつも読ませて頂いております。

>上井覚兼と南蛮犬

秀長が所望してたところまでは知ってたんですが、その後に譲っていたのは知らなかったです^^

渋谷一族は犬追物の名手として知られていたとか。
家臣の方でも腕を磨いたり、出場する犬を飼ってたりしてたんでしょうね。

文明年間の話で恐縮ですが、
相良家文書221、犬追物手組と同じく222、笠懸日記。
どちらにも「渋谷(東郷?)左衛門次郎」の名前があります。
さらに、どちらにも「嶋津薩摩入道」の名前があるので、たぶん薩州家の国久のことじゃないかなと。
国久の娘が渋谷東郷氏に嫁いでいたようなので。

本業(肥前)とは別に趣味で相良氏と薩州家の関係を調べているんですが、縁戚関係で渋谷東郷氏と菱刈氏も絡むから、なかなか複雑ですね^^

ネコの話も面白かったです。

前久は鷹だけでなく猫も好きなのか…
かんな
今晩は。
お久しぶりでございます。毎回読ませて頂いております。
歳久関連の話でコメント書こうかと思ってましたが
どう書こうか考えているうち日にちが経ってしまったのでいずれ書くかもしれません。

>慶長六年ころ、太守義久が近衛前久に猫六匹を献上している。

この時期に猫を6匹も贈っているのは、関が原の後始末の協力をお願いしているのでしょうか?
去年福岡であった黒田官兵衛展で近衛信尹から黒田官兵衛への手紙があり、黒田家の領地に太宰府が含まれていることにお祝いを述べた後、「薩摩へのとりなしをお願いします」というようなことが書いてあったものですから。後、関が原に参加していた薩摩兵の人たちを匿ってくれたことも関係しているのでしょうか?

>島津義弘も同じく前久に猫を贈っている

義久と同じような時期なのでしょうか?
後、薩摩では贈り物にするため猫と沢山飼っていたのか、海外から輸入していたのか…わざわざ薩摩へ猫を所望したから珍しい猫かしら?(輸入だったら
その頃義久は富隈城にいるから港は近いけれど)
前久は奥さんに弱いのか、奥さんが強いのか…

犬の話もこんなこともあるのかと興味深かったです。

コメント御礼
桐野
時乃★栞さん。
コメント返信遅くなりました。
相良家に薩州家と東郷家の痕跡がだいぶ残っているようですね。犬追物や笠懸については不勉強で、今回は触れませんでした。
今後ともよろしく。

かんなさん。
関ヶ原合戦のとき、義弘とはぐれた家来たちは近衛信尹の屋敷で庇護されています。のち、彼らは家康方に引き渡され、島津家との和睦の仲介をつとめます。新納旅庵たちです。
近衛父子が島津家のために陰に陽に働いていますね。

義久と義弘が近衛前久に猫を贈った時期は同時期なのかどうか、よくわかりません。
猫も国産ではないかもしれませんね。
幕末になりますが、島津家では狆をたくさん飼っていて、斉彬は水戸斉昭などに贈っています。ブリーダー斉彬です(笑)。

遅くなりました
かんな
今晩はコメント返信していただいたのに気がつくのが遅くなりました。申し訳ございませんでした。

>近衛父子が島津家のために陰に陽に働いていますね。
このおかげで、はぐれた家来の人たちだけでなく
島津が助かっていますから有難い事ですよね。

>同時期なのかどうか、よくわかりません。
猫も国産ではないかもしれませんね。
時期がわからないのは残念ですね。
わざわざ島津に猫を頼んでいるから、輸入物かと思ってました。
斉彬が水戸斉昭などに狆を贈っているのは知ってましたが、島津家では狆をたくさん飼っていたのは知りませんでした。
>ブリーダー斉彬です(笑)
ブリーダー義久やブリーダー義弘も見てみたかったかも。
ありがとうございました。

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