歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。
第374回:海路上陸、北進の端緒

同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

今回からしばらく、島津氏の北進政策について書こうと思います。
天正8年から14年までです。

今回はその第一弾として、肥後宇土半島にある矢崎城攻めです。
島津軍が海路からの上陸作戦により攻略した城です。
詳しいいきさつは本紙記事をご覧下さい。

次回は相良氏の水俣城攻めになるでしょうか。

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【2015/06/29 15:43】 | さつま人国誌
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時乃★栞
御無沙汰してます^^
ちょっと忙しくしてる内に人国誌の方が進んでました^^

すいません。
細かい話なんですが「375・島津軍の水俣合戦」で

>島津氏と対立する大隅の国衆である菱刈氏、渋谷党、北原氏などに加勢していたからである。

とあったんですが、北原氏は違います。
当主・北原兼親は、島津氏が擁立した当主で島津側です(永禄年間)。

当時の北原氏は日向の伊東義祐に家督を乗っ取られたので、伊東支配を嫌った北原家臣が島津氏を頼ったんです。
で、伊東氏に対抗する北原当主として北原氏8代目の次男の曾孫で相良氏に寄宿していた北原兼親が擁立されました。

それで初めは相良氏も島津と共に北原氏を支援してたんですが、義陽が島津を裏切り伊東へ与しために、北原氏のみでは真幸院(えびの市)を維持できず義弘公が飯野に入ります。

細かい話ですいません。
北原家臣で伊東氏に抵抗して籠城玉砕した今城・大河平隆次と、隆次と一族が玉砕滅亡後に島津義弘に相良家の軍事情報をリークして御家再興(家名と旧領復活)に成功した隆次姉ナミのファンなんです。

ちなみに永禄年間の相良義陽が島津との盟約を破り日向伊東に与した理由は判らなかったです。

御多忙のところ、長々とコメントしてすいません。
島津の北進というと沖田畷や岩屋城も出ますね^^
楽しみにしてます^^

北原氏
桐野作人
時乃★栞さん、ご意見、ご指摘有難うございます。

ご指摘の北原兼親の場合は島津貴久が擁立したので、その通りだと思います。
しかし、島津方から見た大隅合戦は20年以上と長く、私が問題にしているのは兼親以前の兼守の時期ですね。兼守は島津方や北郷方とたびたび戦い、また伊東氏とも結んでいます。
私が想定していた北原氏は天文年間後半のほうです。時期違いだと思いますので、ご理解下さいませ。


時乃★栞
こんばんは^^

あぁ、なるほど確かに天文年間でしたら兼守ですね^^
判りました。
お忙しいところ時間をとらせて申し訳ありませんでした^^



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南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新。
第373回:近江屋事件の嫌疑と誤認

同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

新選組の連載、3回目です。
今回は、慶応3年(1867)後半の政局が武力発動さえ辞さぬ緊迫した情勢になったことにより、新選組、なかでも近藤勇の存在と発言力が無視できなくなったことを書きました。なぜ新選組の動向が注目されるようになったのかといえば、3ケタの剣客集団がもつ武力が政局に意味を持ち始めたからです。
その一方、新選組の情報収集力も相変わらず旺盛でした。

そのため、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋事件では、真っ先に新選組に嫌疑がかけられました。
それは高台寺党の証言により、薩土両藩の間では揺るぎない確信となり、それが近藤勇の命運を最終的に左右したのではないかと思います。その意味では近藤の悲劇だったといえると思います。

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【2015/06/22 15:06】 | さつま人国誌
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南日本新聞連載「さつま人国誌」が更新されました。
告知が少し遅れました。

同紙サイトのここをクリックすればごらんになれます。

第372回:重大政局めぐる情報戦

新選組と薩摩藩の関わりについての2回目記事です。
今回は大政奉還前後の新選組と薩摩藩の情報戦、そして新選組や会津藩が薩摩藩とその要人を標的としたテロまで計画していたことを紹介しました。
討幕の密勅をめぐる大久保一蔵と近藤勇の遭遇もスリリングです。

次回は3回目、最終回で、近藤勇の最期について触れる予定です。

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【2015/06/12 19:55】 | さつま人国誌
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南日本新聞連載「さつま人国誌」、昨1日更新しました。

第371回:内偵活動から敵対へ

同紙サイトのここをクリックすれば、ご覧になれます。

今回から3回にわたり、新選組と薩摩藩との関わりについて書きます。
1回目は池田屋事件を中心に、薩摩藩が新選組の存在に注目し、警戒するようになったこと。またそのために、新選組内部に間諜の富山弥兵衛を潜入させたことなどを書きました。

次回は大政奉還前後の新選組と薩摩藩の緊迫した対立状況を書く予定です。

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【2015/06/02 13:07】 | さつま人国誌
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