歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
25日、南日本新聞連載「さつま人国誌」更新。
第380回「豊後戸次川の合戦(下)」。

同紙サイトのここをクリックすれば、ご覧になれます。

戸次川合戦もいよいよ豊臣軍との決戦です。
今回、副題を「家久、釣り野伏戦法か」としました。
「釣り野伏」は戦国当時にはない用語で、近世の軍学者、徳田邕興が発案したと思われます。
その特徴は、少数の囮兵による敵の誘き出しと三面など多方面からの敵の包囲攻撃にあります。

では、戸次川合戦でどうだったかといえば、囮兵を出したとするのは『フロイス日本史』の記述だけではないかと思います。
やや裏付けを欠きますが、それでも、家久が伏兵を置いたという史料がいくつかあるので、渡河してくる豊臣軍を多方面から攻撃する態勢にあったことはほぼ間違いないと思われます。

紙数の関係で、長宗我部信親の奮戦と最期を書けませんでしたので、次回を期したいと思います。

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【2015/08/26 20:02】 | さつま人国誌
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本日は新聞休刊日のため、「さつま人国誌」は休載です。
来週24日の次回をお楽しみに。

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【2015/08/17 14:13】 | てらこや
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8月10日、南日本新聞連載「さつま人国誌」が更新になりました。

第379回:家久、豊臣軍迎え撃つ

同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

戸次川合戦の2回目で、島津家久が鶴賀城を押さえながら、来援した豊臣軍と対陣するところまで。
次回はいよいよ決戦です。

諸書に家久勢の陣立として、一番備から四番備まで書かれています。
考えてみれば、この陣立は鶴賀城攻めのものであり、豊臣軍迎撃のそれではありません。
この点はもう一度考え直す必要があると思います。

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【2015/08/13 14:24】 | さつま人国誌
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このところ、更新が滞りがちですみません。

本日、南日本新聞連載「さつま人国誌」更新しました。
第378回「豊後戸次川の戦い―島津家久の鶴賀城攻め―」

同紙サイトのここをクリックすればごらんになれます。

先週以前の分もお知らせしておきます。

第375回:島津軍の水俣合戦―相良義陽の服属と戦死―
第376回:島津軍の肥後中部侵攻(上)―阿蘇方の堅志田城攻め―
第377回:島津軍の肥後中部侵攻(下)―「悪日」無視し、敵城攻略―

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【2015/08/03 20:02】 | さつま人国誌
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