歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
昨夜、HDD内の写真データなどを整理していたとき、某所が所蔵する幕末薩摩藩関係の書簡の写真版をなにげに見ていたら、そのうちの何点かが重要な書簡であることが判明。

とくに、西郷吉之助に宛てた小松帯刀書簡である。
何と、慶応3年(1867)の薩摩藩と土佐藩のいわゆる討幕密約に関するものではないか。

いま、小学館の講座「てらこや」で中岡慎太郎の日記を読んでいるが、それと関連するものだ。
討幕密約のところはもう終わってしまったけど、来週は最終回だから紹介しよう。

興味深いのは、小松が西郷のことを「南洲先生」と書いていること。
南洲号は明治になってからだと思っていたが、遅くとも慶応末年にはすでに使っていたんだ。どこまで遡るのだろうか?

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【2011/04/10 23:05】 | 幕末維新
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南洲先生
NAO4@吟遊詩人
>桐野先生
こんにちは。浅学にてすいません。小松は西郷の上司のはずですが、「南洲先生」と「先生」という敬称で呼んでいたということなのでしょうか。

だとすると、小松の西郷に対する態度、気持ちが分かって面白いのですが。

甲東先生、大久保閣下
桐野
宛所に「~先生」と付けるのは、小松に限らずありますね。
これは自分の師や大御所の学者でなくてもよくあることで、私たちもややジョークめいて使うこともありますね。感覚的には近いかも。

明治初年ですが、小松は大久保に対しても、「甲東先生」とか、果ては「大久保閣下」と書いている書簡もあります。


どうもありがとうございました。
NAO4@吟遊詩人
>桐野先生
どうもありがとうございました。身分制社会にあっても、小松と西郷・大久保の関係が分かるようで面白いです。上司と部下と言うより、同志という感じでしょうか。

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コメント
この記事へのコメント
南洲先生
>桐野先生
こんにちは。浅学にてすいません。小松は西郷の上司のはずですが、「南洲先生」と「先生」という敬称で呼んでいたということなのでしょうか。

だとすると、小松の西郷に対する態度、気持ちが分かって面白いのですが。
2011/04/17(Sun) 09:13 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
甲東先生、大久保閣下
宛所に「~先生」と付けるのは、小松に限らずありますね。
これは自分の師や大御所の学者でなくてもよくあることで、私たちもややジョークめいて使うこともありますね。感覚的には近いかも。

明治初年ですが、小松は大久保に対しても、「甲東先生」とか、果ては「大久保閣下」と書いている書簡もあります。
2011/04/19(Tue) 23:58 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
どうもありがとうございました。
>桐野先生
どうもありがとうございました。身分制社会にあっても、小松と西郷・大久保の関係が分かるようで面白いです。上司と部下と言うより、同志という感じでしょうか。
2011/04/21(Thu) 04:38 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
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