歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
最近やっていた新書の仕事の関係で、戦国時代の連歌師宗長の日記を見ていた(岩波文庫版)。
そしたら、伊勢に大津波があったという記事を見つけた。

大永2年(1522)、宗長は尾張から船で伊勢大湊に渡り、伊勢神宮を参拝したのち、安濃津(あのつ)に向かった。
現在の三重県津市である。安濃津は「日本三津」(あとは博多と坊津)のひとつに数えられるほど有名な湊だった。そこで見た光景を宗長は次のように書いている。

「此の津、十余年前以来荒野となりて、四・五千間(軒)の家・堂塔あとのみ。浅茅・よもぎが杣、まことに鶏犬はみえず、鳴鴉だに稀なり」

安濃津は10年ほど前(の津波)以来、荒野となったままで、当時4000~5000軒もあった家や寺院の跡だけが残り、荒れ果てている。鶏や犬も見えず、カラスさえ鳴くのも稀である、というのである。

大津波から10余年たっても、まったく復旧していないことがわかる。また、安濃津が津波の前は殷賑を極めた湊町だったこともわかる。4000~5000軒の町といえば、人口は2万人を超すだろうから、当時としてはかなり大きな町である。比較する材料としてあげると、信長時代の岐阜城下は人口1万人だったと、ルイス・フロイスは書いているから、当時の安濃津は岐阜よりもはるかに大きな町だったことがわかる。

それで、10余年前の大津波とはどんなものだったのか?
調べる手段が思いつかないが、手許の『日本史総合年表』(吉川弘文館)によれば、

まず24年前の明応7年(1498)8月25日、東海地方で大地震があり、津波のため、浜名湖が遠州灘とつながったという(『後法興院政家記』)。これが今切のこと?

さらに12年前の永正7年(1510)には、まず8月8日に近畿で大地震があり(『実隆公記』)、同27日、津波で今切が崩壊し、浜名湖に海水が満ち、橋本などが水没したという(『皇年代略記』)。

宗長がいう10余年前の津波は厳密に解釈すれば後者だろうか。あるいは両方の複合的な結果でもあるだろう。
たしか、中近世の天災年表のような本があったと思うが、残念ながら所持していないので、これ以上はわからない。

今の静岡県西部から三重県の沿岸部が、大津波によって10年以上たっても復旧できないほどの大変な被害を受けたことがわかる。
しかも、わずか10年ほどの間に2回も大規模な地震と津波に見舞われていることがわかる。
今回の大震災は貞観以来といわれるが、地域こそ違え、もっと近い時代に大津波が来ていることがわかる。ほかにももっと多くの事例があることだろう。

この東海地方での頻繁な地震と津波の襲来で思い浮かべるのは、浜岡原発のこと。まさに上記2回で被災した地域にあたる。

歴史の教訓はあるのだから、「想定外」はありえないと思うのは私だけではないだろう。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング

スポンサーサイト

【2011/04/16 21:29】 | 雑記
トラックバック(0) |

明応の大地震
NAO4@吟遊詩人
>桐野先生
こんにちは。ご無沙汰いたしております。たまたま、先日「県立金沢文庫」の展示「もう一つの鎌倉文化 -龍華寺の聖教と秘宝-」を見ておりまして、この地震のことが触れられていました。(注)

参考資料として、「安濃津」という雑誌のこの地震について触れた部分を紹介しておりまして、多分↓ではないかと思います。

http://www.searchnavi.com/~hp/z/anotsukou.htm

明言はしていませんが、安濃津の壊滅は、1498年明応の大地震のときのような解釈ですね。

(注)地震に触れた理由と言うのは、龍華寺という寺の成立が、先行する2寺院が津波の被害で併合したことによるためなのですが。また、鎌倉の大仏殿が流されたのも、この時の津波によるようです。


松裕堂
「三津七湊の一、安濃津がこれで機能的にほぼ壊滅した」とかいう話しですから、地形変動なんかも激しかったんでしょうかね。

>中近世の天災年表のような本があったと思うが、残念ながら所持していないので、これ以上はわからない。
すでに御存知でしたらお目汚しですが、
 【[古代・中世] 地震・噴火史料データベース (β版)】
  http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/erice/
など便利かと思います。

ご参考まで。

データベース
桐野
NAO4@吟遊詩人さん、松裕堂さん

ご教示有難うございます。
宗長日記に従えば、やはり永正7年の地震と津波が重要かなという気がします。
松裕堂さんに教えてもらったデータベースによれば、いろいろ史料が載っていて、すさまじい津波だったことがわかりますね。
しかも、遠江の浜名湖付近が相当被害がひどかったことがわかりました。

(B)〔皇年代略記〕○群書類従
《七年》{(永正)}八廿七遠州今切崩出云々、

(B)〔足利季世記〕○新訂増補史籍集覧
《八月》{(永正七年)}廿七日、廿八日兩日ノ間ニ遠江國ヱ大浪オヒタヽシク來リ、陸地忽ニ海トナル、今ノ今切ノ渡ト申ハ是也、 (注:(○續皇朝史 | 略之ニ從フ、) )

(B)〔重編応仁記〕○新訂増補史籍集覧
《八月》{(永正七年)}廿七日、同廿八日ニ遠州ノ海邊夥ク波打來テ、數千ノ在家ヲ流シ捨テ、死亡スル者數ヲ不知、陸地三十餘町、悉海ト成テ、旅人俄ニ船ヲ設テ往行ス、其レヨリ此所ヲ今《切》{ギ}レノ渡リト名付ケリ、誠ニ亂世末代ト云ナカラ、類稀ナル災變也、

(B)〔丙辰紀行〕○大日本史料九-二
遠州荒井の濱より奥の山五里ばかり海となりて、大船も出入る、むかしは山につゞきたる陸地なりしが、中比山よりほらの貝おびたゞしくぬけ出で、海へ入ける、其跡かくの如く海となりて、今切と名づくるよし、古老いひつたへたり、



そうですね。
NAO4@吟遊詩人
壊滅した安濃津について書かれた文書が、宗長のものしかなく、宗長がそう言っている以上、それを尊重するのが道理ですね。

どうも、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
明応の大地震
>桐野先生
こんにちは。ご無沙汰いたしております。たまたま、先日「県立金沢文庫」の展示「もう一つの鎌倉文化 -龍華寺の聖教と秘宝-」を見ておりまして、この地震のことが触れられていました。(注)

参考資料として、「安濃津」という雑誌のこの地震について触れた部分を紹介しておりまして、多分↓ではないかと思います。

http://www.searchnavi.com/~hp/z/anotsukou.htm

明言はしていませんが、安濃津の壊滅は、1498年明応の大地震のときのような解釈ですね。

(注)地震に触れた理由と言うのは、龍華寺という寺の成立が、先行する2寺院が津波の被害で併合したことによるためなのですが。また、鎌倉の大仏殿が流されたのも、この時の津波によるようです。
2011/04/17(Sun) 08:55 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
「三津七湊の一、安濃津がこれで機能的にほぼ壊滅した」とかいう話しですから、地形変動なんかも激しかったんでしょうかね。

>中近世の天災年表のような本があったと思うが、残念ながら所持していないので、これ以上はわからない。
すでに御存知でしたらお目汚しですが、
 【[古代・中世] 地震・噴火史料データベース (β版)】
  http://sakuya.ed.shizuoka.ac.jp/erice/
など便利かと思います。

ご参考まで。
2011/04/18(Mon) 06:45 | URL  | 松裕堂 #6eUroIng[ 編集]
データベース
NAO4@吟遊詩人さん、松裕堂さん

ご教示有難うございます。
宗長日記に従えば、やはり永正7年の地震と津波が重要かなという気がします。
松裕堂さんに教えてもらったデータベースによれば、いろいろ史料が載っていて、すさまじい津波だったことがわかりますね。
しかも、遠江の浜名湖付近が相当被害がひどかったことがわかりました。

(B)〔皇年代略記〕○群書類従
《七年》{(永正)}八廿七遠州今切崩出云々、

(B)〔足利季世記〕○新訂増補史籍集覧
《八月》{(永正七年)}廿七日、廿八日兩日ノ間ニ遠江國ヱ大浪オヒタヽシク來リ、陸地忽ニ海トナル、今ノ今切ノ渡ト申ハ是也、 (注:(○續皇朝史 | 略之ニ從フ、) )

(B)〔重編応仁記〕○新訂増補史籍集覧
《八月》{(永正七年)}廿七日、同廿八日ニ遠州ノ海邊夥ク波打來テ、數千ノ在家ヲ流シ捨テ、死亡スル者數ヲ不知、陸地三十餘町、悉海ト成テ、旅人俄ニ船ヲ設テ往行ス、其レヨリ此所ヲ今《切》{ギ}レノ渡リト名付ケリ、誠ニ亂世末代ト云ナカラ、類稀ナル災變也、

(B)〔丙辰紀行〕○大日本史料九-二
遠州荒井の濱より奥の山五里ばかり海となりて、大船も出入る、むかしは山につゞきたる陸地なりしが、中比山よりほらの貝おびたゞしくぬけ出で、海へ入ける、其跡かくの如く海となりて、今切と名づくるよし、古老いひつたへたり、

2011/04/18(Mon) 07:45 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
そうですね。
壊滅した安濃津について書かれた文書が、宗長のものしかなく、宗長がそう言っている以上、それを尊重するのが道理ですね。

どうも、お騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。
2011/04/21(Thu) 04:46 | URL  | NAO4@吟遊詩人 #laIirjiw[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック