歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第191回
―調伏の矢を射、針埋める―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は前回の続きで、豊後攻めでの義久の縁起かつぎを書きました。
島津方が実際に豊後攻めを開始するまで、紆余曲折があります。
その根本原因は義久の逡巡、迷いですが、決して優柔不断というわけではないと思っています。
豊臣政権と正面から対決する決断は、誰だろうとなかなかつきにくいはずですから。

義久は当初豊後攻めを回避し、豊臣政権との和睦をめざしていたように思いますが、秀吉が強硬な九州国分案を要求したため、ついに家中の主戦論に押し切られたといったところでしょうか。

縁起かつぎも義久の逡巡の表れだと思います。
しかし、敵領に針を埋める「封じ物」はとても面白いですね。
民俗学的あるいは文化人類学的なテーマでしょうか?

次回は前回に書いた義久とイエズス会の関係をもう少し詰めてみたいと思っています。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
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【2011/04/25 22:39】 | さつま人国誌
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「うわいさとかぬ」
ばんない
こんばんは。前後編興味深く拝読しました。

ところで、「上井覚兼」に「うわいさとかぬ」とルビが振られていますが、「うわいさとかね」の間違いじゃないのでしょうか?

あと、「上井」は「おわい」と読むというはなしもどこかで見たような記憶があります(出典は失念)。

さとかぬ
桐野
ばんないさん

誤植ではなく、「さとかぬ」とルビ振りました。
何かで見た覚えがあったのですが、心当たりがある本や史料を数点あたったのですが見つからず、少し焦っているところです。

私も当初は「さとかね」だと思っていたら、違うんだと感じた覚えがあります。

探した資料のなかに、「あきかね」と読んでいるのもありました(笑)。

さて、どれが正しいのか、私もたしかに見た覚えがあるので、何とか出典を探してみます。

よみ
ばんない
早速のご返事ありがとうございます。
まあ、私も「上井」を「おわい」と読む出典を未だに思い出せないので(汗)
>「あきかね」
うーむ、そういうのもあったんですか。

昔の人の名前の読みは難しいですね。ルビが振られてないのすらありますし、みんなが「この読みが正しい!」と思っていたら、実は間違いでした、とか、こういう読みもありますよ、とか言う事例はいとまがありませんし。
今思いつくだけでも
・滝川一益
・織田信雄
・護良親王(あ、この人は戦国時代と関係ないか)
などなど。

拙HPの関係では、当初、島津義弘の次女の名前は「ちづる」だと思っていたのですが、義弘の書状(「薩藩先公貴翰」208など)で「せんつる」と読むことを知りました。後でHP修正するのが大変でした(苦笑)

「護良親王」は今では「もりよししんのう」と入れないとちゃんと変換されませんね。しかし私が学校で習ったときには…年齢がばれるから黙っておきます(爆)

をわい
桐野
ばんないさん

上井を「をわい」と読むのは、おそらく『本藩人物誌』で「を(遠)」に立項してあるのも大きいですね。

「をわい」読みは鹿児島方言読みだと解釈して、私は一応「うわい」でも可としています。


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この記事へのコメント
「うわいさとかぬ」
こんばんは。前後編興味深く拝読しました。

ところで、「上井覚兼」に「うわいさとかぬ」とルビが振られていますが、「うわいさとかね」の間違いじゃないのでしょうか?

あと、「上井」は「おわい」と読むというはなしもどこかで見たような記憶があります(出典は失念)。
2011/04/26(Tue) 23:42 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
さとかぬ
ばんないさん

誤植ではなく、「さとかぬ」とルビ振りました。
何かで見た覚えがあったのですが、心当たりがある本や史料を数点あたったのですが見つからず、少し焦っているところです。

私も当初は「さとかね」だと思っていたら、違うんだと感じた覚えがあります。

探した資料のなかに、「あきかね」と読んでいるのもありました(笑)。

さて、どれが正しいのか、私もたしかに見た覚えがあるので、何とか出典を探してみます。
2011/04/27(Wed) 20:24 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
よみ
早速のご返事ありがとうございます。
まあ、私も「上井」を「おわい」と読む出典を未だに思い出せないので(汗)
>「あきかね」
うーむ、そういうのもあったんですか。

昔の人の名前の読みは難しいですね。ルビが振られてないのすらありますし、みんなが「この読みが正しい!」と思っていたら、実は間違いでした、とか、こういう読みもありますよ、とか言う事例はいとまがありませんし。
今思いつくだけでも
・滝川一益
・織田信雄
・護良親王(あ、この人は戦国時代と関係ないか)
などなど。

拙HPの関係では、当初、島津義弘の次女の名前は「ちづる」だと思っていたのですが、義弘の書状(「薩藩先公貴翰」208など)で「せんつる」と読むことを知りました。後でHP修正するのが大変でした(苦笑)

「護良親王」は今では「もりよししんのう」と入れないとちゃんと変換されませんね。しかし私が学校で習ったときには…年齢がばれるから黙っておきます(爆)
2011/04/27(Wed) 23:34 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
をわい
ばんないさん

上井を「をわい」と読むのは、おそらく『本藩人物誌』で「を(遠)」に立項してあるのも大きいですね。

「をわい」読みは鹿児島方言読みだと解釈して、私は一応「うわい」でも可としています。
2011/04/28(Thu) 01:03 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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