歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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このところ更新がままなりません。
ご恵贈いただいた論著もたまっています。早く紹介してお礼を述べないと。

簡単に日次を。

4月21日(木)
新出の西郷隆盛書簡を某古書店より購入。
『西郷隆盛全集』にも収録されていないし、西郷の生涯でも重要な転機となった一件に関わるものだけに貴重な史料だと思う。
もっとも、大した散財でございました、はい。
そのうち公表したいと思うが、なかなか読みづらい(汗)。

夕刻、新刊拙著『江の生涯を歩く』(ベスト新書)の見本届く。
編集担当者のYさんとささやかな一献。

4月23日(土)
11:00から目白の学習院大学で、大久保利泰氏(利通曽孫)の講演を拝聴。
同大学講座主催だったにもかかわらず、多くの受講者。そのために、教室が変更になったほど。
とくに、甲東が明治初年に政府の揺るがぬ方針を厳守する建白三カ条草案の写真版を初めて見た。甲東の筆は読みやすい(西郷と比べるととくに)。また先日の展示で見損ねた明治20年代の甲東の墓(青山墓地)の古写真も拝見。ほんとに洋風な神式墓地である。

終了後、利泰さんにご挨拶。
その後、新旧の研究者仲間とお茶。古写真研究の大家である石黒敬章氏もお見えで、ご挨拶。

4月26日(火)
午前中に佐倉の歴史民俗博物館に木戸孝允家写真の展示会を見学。
相変わらず佐倉は遠い。

4月28日(木)
午前中、新幹線で名古屋へ。
午後から中日文化センターの講座「信長公記を読み解く」に出講。
もう第4クールの4回目。つまり、22回目である。
相変わらず多くの受講者がおいでで感謝するばかり。

今回は薄濃と蘭奢待と賀茂競馬について。
とくに信長の蘭奢待切り取りに時間をかけた。
蘭奢待については、近年の金子拓氏の研究がある。
それに拠りながら、傍若無人な信長、天皇を圧迫する信長という従来のイメージがいかに史料に基づかないフィクションであるかを強調。
とくに金子氏が「内侍宣」と名づけた宮廷女官の文書を詳しく読み解く。
正親町天皇の非難が信長ではなく、藤氏長者の関白二条晴良に向けられていることを確認。

終了後、上洛。
友人の研究者中村武生氏の紹介により、京都新聞のS記者とお会いする。
新刊拙著について取材を受ける。有難い。

その後、中村氏の研究室に行き、彼のグループの方々と懇談、宴会。
スーちゃん追悼のため、キャンディーズの曲が流れるなか、夜が更けた。

29日(金)
これまで積み残していた史跡や新たにめぐりたい史跡を終日見て回る。
京都の友人に貴重な情報を教えてもらって、某寺址で豊臣秀次・秀勝兄弟の父、三好吉房の墓発見。松永久秀もあった。
また某寺某塔頭の見事な宝筐印塔群を参拝。
おそらく豊臣完子(江の一女)の正式の墓はここにある。
鳥羽伏見の戦いで戦死した長州藩兵士の墓も見学した。
おそらく10キロ以上歩いたはず。とくにアップダウンが多くてつらかった。おかげで、足が棒のようになり、ふくらはぎに乳酸が溜まりました。
帰りの新幹線は爆睡でした(笑)。

4月30日(土)
南日本新聞「さつま人国誌」の原稿執筆。
当初考えていたテーマを形を変えて書くことに方針変更。
正しい判断だと思うが、その代わり、作業量が増えてあたふた。
その間、出入りもあり集中できず、ようやく夕方に送稿。

5月1日(日)
朝、身内の法事のため、埼玉県某市斎場へ。
以前行ったときはすごく遠かった記憶があるが、湘南新宿ラインのおかげですぐ着いた。
久しぶりに甥と姪に会う。
雑誌記事の校正はかどらず。
マツノ書店より新刊復刻の『回天艦長甲賀源吾伝』『維新史料編纂会講演速記録』一~三をご恵贈いただく。感謝。
詳しくは同店サイトのここをご覧下さい。関心のある方はお問い合わせ下さい。

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【2011/05/02 09:51】 | 日次記
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