歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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この間、また論著や資料などを頂戴しました。
有難うございます。
ご紹介することで、お礼に代えたいと思います。

谷口克広氏より
『信長関係文献目録』 責任編集:谷口克広、編集:信長資料集編集委員会/岐阜市歴史博物館 岐阜市歴史博物館発行 2011年3月

以前から谷口さんが信長関係の文献を多数収集し、その目録を作成されていたのは存じ上げていた。
それも研究者の著書や論文だけでなく、商業雑誌や同人誌など広範な媒体記事まで含んでおり、その広範で詳細な収集歴に驚いた覚えがある。また、その目録旧版をかつて頂戴したこともあった。

今回はその後の収集分も含めての編纂となったものである。
編纂方針は著筆者を50音順に配列して、その仕事(論著など)を年代順に並べたもの。
A4サイズで本文が300頁近く。ほかに歴史系雑誌目録や詳細な目録索引まで付してある。とくにテーマごとの索引もあり、先行研究を調べるのにとても重宝する。

なお、私の書いたものも掲載されていたが、これまでどれくらい書いたか意識することがなかったが、改めて自分の仕事を俯瞰することができた。なかには抹消したい仕事もあるのだが(汗)。


金子 拓氏より
①「肥後加藤家旧蔵豊臣秀吉・秀次朱印状について」 『東京大学史料編纂所紀要』21号 2011年3月
②「鳥居強右衛門の虚像と実像」 「iichiko」2011年春号 特集 武士制の文化学

研究仲間の金子さんより論文2編頂戴した。
①は加藤清正受給文書の伝来経緯の考察と史料紹介である。
周知のように、加藤家は2代忠広の代で改易されたため、その家文書は散逸・消失していたと考えられていたが、宇土細川家文書のなかに「阿部氏家蔵豊太閤朱印写」という写本2冊があり、清正宛ての秀吉朱印状の写し100点近くが収録されていたことを紹介している。そのほか、加藤家旧蔵文書が各種機関や個人蔵として伝来している状況を報告している。

②は長篠合戦での鳥居強右衛門の有名なエピソードについて考証したもの。
強右衛門が武田方に捕縛されたのち、その最期に至るまで種々の軍記物により、後世、その最期の悲劇性、英雄性が高められた過程を跡づけている。また有名な強右衛門の磔刑の絵を描いた落合左平次の指物(背旗)について、逆さ磔か否か論争があったが、その研究史を整理するとともに、逆さ磔ではなかったと結論している。この絵は現在、軸装されていて上下がわからなくなっているが、明治5年(1872)に当時のままで撮影された写真が現存しており、上下が判明するという。
この論文でもうひとつ面白かったのは、明治の評論家志賀重昂(しが・しげたか)がアメリカのアラモ砦の戦いで砦を脱出して援軍を要請したジェームス・ボナムと強右衛門をアナロジーして、わざわざアラモ砦跡を訪ね、その後、岡崎城内に「アラモの碑」を立てたという話。長篠城とアラモ砦を同列に論ずる発想はなかなかユニークである。
以前、岡崎城に行こうとして時間切れで行けなかったことがあるが、この碑は見に行きたいものだ。
志賀は岡崎藩の藩儒の倅だったというのも知らなかった。また木曽川や犬山城あたりを指す日本ラインの命名も志賀だったというのも知らなかった。 


石田文一氏より
「戦国期の加賀国白山本宮惣長吏について―系譜と在職年代をめぐって―」 『國學院雑誌』112巻3号 2011年3月

石川県在住の研究者石田さんよりいただいた。
ニフティ関係からかれこれ20年近い友人である。
この論文は加賀国の有力寺社である白山本宮(白山寺)のトップ、惣長吏(そうちょうり)の戦国時代の6代について、その系譜や事跡について考証したもの。恥ずかしながら、惣長吏という言葉は初めて知りました(汗)。
加賀といえば、一向一揆の本場だが、白山寺も同国の寺社勢力として有力な存在だったことがわかった。また公家の山科家や勧修寺家との系譜関係も新鮮で面白かった。
歴代惣長吏が本願寺とも関係があり、加賀一向一揆にも主体的に関わっていたことなども知らなかった。大変勉強になりました。

鈴木徳臣氏より
発掘報告書『田原坂―西南戦争遺跡・田原坂第1次調査―』 熊本市教育委員会 2011年

若手の西南戦争研究者の鈴木さんよりいただいた。
彼とは昨年知り合ったが、西南戦争や軍事学についての該博な知識・知見に驚かされた。不肖、私も西南戦争については一家言あると思っていたが、上には上がいるものだと思い知らされた次第。
西南戦争でいちばん有名な戦跡は何といっても田原坂だが、現在発掘調査が行われている。資料館のある周辺も調査が進んでいる。
昨年は田原坂と谷を隔てた二俣台地の官軍側陣地跡(二俣瓜生田砲台跡)で野戦砲(四斤山砲か)の轍跡や摩擦管(砲弾着火装置)などが発掘された。
この報告書でも、田原坂周辺の地形図に銃弾その他の出土状況が詳細に記されていて、当時の激戦の様子を知ることができる。西南戦争研究も文献だけでなく、発掘調査を進める段階になっていることを痛感。
なお、田原坂周辺に多い行き会い弾(敵味方の銃弾が空中で衝突してくっついたもの)はフィクションかもという話もある。
併せて、植木・玉東戦跡ガイドマップ『西南戦争』(植木町・玉東町西南戦争遺跡群連携保存活用協議会)もいただきました。

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【2011/05/19 10:54】 | 新刊
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加藤清正
市野澤 永
こんばんわ。

>『信長関係文献目録』

岐阜市歴史博物館のホームページで確認しました。
価格も1500円と良心的なので購入しようと思います。
お知らせ頂き、ありがとうございます。

岐阜市歴史博物館
http://www.rekihaku.gifu.gifu.jp/

>加藤清正

少し先の企画ですが、以下の催しがあります。

【会場】名古屋市蓬左文庫
【企画】没後四〇〇年 加藤清正の時代
【期間】7月27日~9月19日

名古屋市蓬左文庫
http://housa.city.nagoya.jp/index.html







情報御礼
桐野
市野澤さん

また情報提供、有難うございます。
名古屋には毎月行く機会があるので、一度のぞいてみようかと思います。


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この記事へのコメント
加藤清正
こんばんわ。

>『信長関係文献目録』

岐阜市歴史博物館のホームページで確認しました。
価格も1500円と良心的なので購入しようと思います。
お知らせ頂き、ありがとうございます。

岐阜市歴史博物館
http://www.rekihaku.gifu.gifu.jp/

>加藤清正

少し先の企画ですが、以下の催しがあります。

【会場】名古屋市蓬左文庫
【企画】没後四〇〇年 加藤清正の時代
【期間】7月27日~9月19日

名古屋市蓬左文庫
http://housa.city.nagoya.jp/index.html





2011/05/19(Thu) 18:59 | URL  | 市野澤 永 #-[ 編集]
情報御礼
市野澤さん

また情報提供、有難うございます。
名古屋には毎月行く機会があるので、一度のぞいてみようかと思います。
2011/05/19(Thu) 23:35 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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