歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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このところ、執筆の関係もあって、古書をさみだれ式に購入し、論文・史料の複写量も半端ではない。
とくに史料については、信長関係を数千枚複写する羽目になり、ただでさえ狭い事務所スペースには紙があふれている。

古書・新刊については、最近次のようなものを入手した。えっ、そんな基本書を今頃とか、何を今さらというのもある。正直、当たりはずれもあった(苦笑)。めぼしいのを順番に挙げてみる。

尾藤正英『江戸時代とはなにか』 岩波書店 1993年
福田千鶴『淀殿―われ太閤の妻となりて―』 ミネルヴァ書房 2007年
『山口県史』史料編 幕末維新1,3 山口県
徳川義宣『新修徳川家康文書の研究』第二輯 吉川弘文館 2006年
岸野 久『ザビエルと日本』 吉川弘文館 1998年
『日本思想大系 中世政治社会思想』上・下巻 岩波書店 1972,81年
川勝政太郎・佐々木利三『京都古銘聚記』 スズカケ出版部 1941年
石村禎久『石見銀山』 石見銀山資料館 1988年
志村有弘『信長戦記』改定新版 ニュートンプレス 2003年
『垂水史料集』6,8 垂水市
『新修 彦根市史』第一巻(通史編 古代・中世) 彦根市 2007年
高橋秀直『日清戦争への道』 東京創元社 1995年
『岩崎弥太郎日記』 岩崎弥太郎・岩崎弥之助伝記編纂会編集・発行 1975年


う~ん、我ながら脈絡がなく、系統性のない買い方である(爆)。
このうち、値段的な成果は、最後の『岩崎弥太郎日記』である。古書相場の3分の1程度で購入できたのは望外の喜びである。
じつは、この本、私の錯覚でなければ、以前一度購入した覚えがあるが、どこにしまい込んだのか出てこない。それでしかたなく、友人のM氏に拝借したこともあった。古文書講座「てらこや」などでも使える史料なので、活用していきたい。

さっそく、慶応3年8~9月あたりを見てみたら、イカロス号事件の記事満載だった。また『保古飛呂比』にあった桂小五郎が佐々木三四郎に軍艦の修理代金不足のため、金策を相談してきたのを「商会」(岩崎の土佐商会)に掛け合って拝借したという記事も、この日記で裏付けがとれた。もっと早く購入しておけばと悔やまれることしきりである。

もうひとつ、表題の本である。
これは京都にある碑文などの銘を詳細に集めたものである。その種類は、以下のように多種多様である。

扁額・板碑・五輪塔・銅鐘・欄干擬宝珠・橋脚・経筒・石灯籠・石塔・宝篋印塔・水船・・石仏・板壁・銅鏡・茶釜・仏舎利塔・瓦経・舞楽面・制札・棟札・風鐸・切支丹墓etc

個人的には、百万遍の知恩寺にある朝山日乗の板碑の銘が気になっていた。
日乗の没年月日が「天正五年九月十五日」であることを改めて確認できたのが収穫だった。

また近年、妙心寺に行ったとき、塔頭の春光院に信長時代の南蛮寺(イエズス会寺院)のものと思われる洋鐘が保存されていることを知ったが、拝観できなかったので、その拓本が載っていたのがうれしかった。「1577」(天正五年)と刻んであるのが興味深かった。

ほかにも、建仁寺に行ったとき、方丈前庭に織田有楽斎建立とされる石塔(石造十三重塔)があったが、庭の奥に鎮座しており、とても近づいて見ることはできなかったが、この本に銘文が載っているのに気づいた。
それによれば、「天正十載壬午林鐘日謹奉造立願主」云々とあることから、どうやら、本能寺の変のあった天正10年(1582)6月中に信長の供養のため、建立されたことがわかる。もしかして一番成立の早い供養塔かもしれない。
二条御所から逃げ出したといわれる有楽斎が果たして造主なのだろうか。造主とおぼしき記述もある。

泉州堺南之居住大願主[  ]

とあるが、残念ながら、肝心の部分が欠けているか、摩滅しているようである。これだと、堺の住人が造主なのではないだろうか。
もしかして、堺商人の今井宗久だろうか?
建仁寺

写真:建仁寺の石造十三重塔

ほかにも、方広寺の有名な鐘銘なども掲載されていて、眺めているだけで楽しい。
 



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【2007/03/17 15:57】 | 古書
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2007/07/29(Sun) 04:43:13 |  京都探索どっとこむ
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