歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
7月15、16日

上洛した。
いつもはこの時期、酷暑の洛中に行くのは避けているのだが、今回は目的があった。
以前、大久保利通寓居跡近くに「紙商西村」という薩摩藩とゆかりの商家があり、建物とともに子孫の方も現存されていることを紹介したことがある。ここの2階には黒田清隆が下宿し、坂本龍馬も訪ねてきたという面白い所。
しかも、その方、中川さんは私の講座を受講されている。

「紙商西村」は禁門の変で焼失したが、すぐさま再建され、そのまま母屋や土蔵が現存している。
すぐ近くの同志社大学が幕末の京都の町屋を活用しようと、「でまち家」という同志社セミナーハウスに変身した。
ここの土蔵には幕末前後の古文書がかなり眠っており、中川さんが独力で整理されている。
今回、その披露があり、中川さんのお誘いで同志社大学の関係者とともに閲覧の栄に浴した。

丹波屋という屋号をもっていた同家は界隈の町人たちとともに、天皇の行幸の鳳輦を担う駕輿丁(かよちょう)という特別な役をつとめていた。
その関係の史料が残っている。
とくに幕末になると、孝明天皇や明治天皇が遠方に行幸するようになる。
明治元年の大坂行幸、そして江戸行幸である。
その道中日記も残っており驚いた。街道筋の宿泊の様子がよくわかる。駕輿丁の目から見た行幸というのも興味深い。
ほかにも官務の小槻家の手になる駕輿丁の補任状とか、商家らしく大福帳や算用帳、証文の類が多数あった。
同志社大学のほうで、この古文書の活用を検討するそうである。

「でまち屋」では同大学の歴史資料館や文化史学科の先生、職員、院生の方々にご挨拶した。
とくに、中川さんのお勧めで、浜中邦弘さん、小枝弘和さんと宴席を囲み、懇談して多くの示唆や情報を得た。有難い限りである。
また小枝さんからは北海道の有名なクラーク博士についての研究書『William Smith Clarkの教育思想の研究』(思文閣出版、2010年)を頂戴した。記して御礼申し上げます。

翌日、いくつか史跡めぐりをしたが、洛中は祇園祭りの宵山で、四条通り界隈はすごい人出だった。
あちこちに山鉾があり、壮観な眺めだった。
祇園祭、宵山の時期に在洛していたのは、じつに大学時代以来だと記憶している。だから、初めてではなかったが、とても新鮮だった。代表的な鉾である舩鉾と長刀鉾の写真を載せておきます。

舩鉾

長刀鉾

その後、寺町の京都市歴史資料館に、ある古絵図の閲覧に出かけたが、あいにく土曜日は閲覧は不可とのことで残念。もう少し事前に調べておくべきだった。
その代わり、当日からテーマ展「二条城 -そのはじまりと周辺-」が開催されており、拝観した。聚楽第図なども展示されていて、これまた面白く拝観した。

それから寺町通りを下ると、同志社の創立者、新島襄記念館があるのを覚えていたので見学。
二階建ての瀟洒な洋館である。新島襄・八重夫妻の写真や襄の書斎などがあった。
さすがに再来年の大河ドラマだけに、見学者が多かった。

新島襄記念館

暑さのため、史跡見学は早めに切り上げて帰ることにした。

よろしければ、下記をクリックして下さい。
人気ブログランキング
スポンサーサイト

【2011/07/18 19:47】 | 日次記
トラックバック(0) |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック