歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第209回
―江戸無血開城への道筋―

連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

今回は前から書こうと思っていて、なかなか書けなかったテーマについて書きました。
よく知られている西郷隆盛と山岡鉄舟の駿府談判です。
2年ほど前に静岡に行ったときに撮影した写真があったので、何とか活用できないかと思っていました。
もっとも、新しいことはあまり書いていません。
両者の会見は2回あったと思われますが、有名な出来事の割にその様子を詳しく記した史料は意外と少ないです。
山岡が後世回想してまとめた記録がいちばん詳しそうです。ただ、本人の記録だけではやや客観性が欠けるかもしれませんね。
西郷が山岡に会ったのは、山岡の豪胆さもさることながら、山岡が勝安芳の書簡を持参していたのが一番大きいと思います。勝は当時、軍事総裁であり、旧幕府の代表者になっていましたから、勝の意向を知ることが、その後の方針を立てるのに重要だと思ったからではないかと思います。

山岡に同行した益満休之助もぜひ書きたい人物なのですが、いまひとつ踏み切れずにおります。
鹿児島の草牟田墓地に益満の墓があるのは知っているのですが、なかなか探しに行く時間がとれません。また広い墓地のどこにあるのか、まだ把握できていません。もしご存知の方がおいでなら、教えて下さいませ。
来月、2回鹿児島に帰る機会があるので、何とかできればと思っているところです。

次回何を書くか未定です。書きたいのはたくさんあるのですが、もうひとつ絞り切れていない感じです。

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【2011/10/03 23:26】 | さつま人国誌
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