歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第214回
―度重なる改名と地位上昇―

連載が更新されました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をご覧下さい。

このところ、島津義弘のシリーズになっています。
今回は名乗りと官位の問題について取り上げました。
この2つは義弘の地位と立場に関わるので、意外と重要な問題だと思っています。

紙数の関係で細かい議論を省略しましたので、少し補足しておきます。
名乗りの「維新」と「惟新」ですが、義弘文書をもっとも体系的に収録している『旧記雑録後編』の三、四をもとに検討しました。
当初は字の違いをさほど意識していなかった節があり、史料上の初見は慶長4年(1599)6月14日で「惟新」と名乗っています。
ところが、同年7月5日以降はほとんど例外なく「維新」を使用しています。30点ほどの事例があったと思います。
それから1年半後の同6年1月元旦から「惟新」を名乗り、あとは最後までそのままです。

ですから、最初は「維新」、その後は「惟新」という使い分けを本人がしていたのではないかと思います。
もっとも、偏の違いだけで音は同じというマイナーチェンジにどのような意味が込められているのか、私にはわかりません。

次に官位ですが、やはり参議任官は公卿の官位だけに大きいですね。
秀吉死後の任官で、五大老と五奉行の協議によって決められたと思われますが、家康、利家、三成、あるいは別の誰かの意向なのかどうかも重要だと思いますが、それもよくわかりません。家康の意向ではないかという説がもっともかなと思っているところです。

とはいえ、秀吉死後から関ヶ原合戦に至る混乱期での任官だけに、義弘が参議としての処遇を受ける機会はまずなかったと思います。結果として、義弘は官位がはるかに下の諸大夫にすぎない三成の指示に従っているのですから、参議も空名に終わったといわざるをえません。
それでも、豊臣政権が生み出した武家官位制のなかで、五大老の下であり、かつ侍従や少将クラスの公家成大名より格上になる参議クラスの大名をどのように位置づけるのかは今後の課題ではないかと思います。
このクラスとしては、京極高次などがいますね。

次回は、先日の宝山ホールや姶良市の講演でもお話しした義弘の家督問題を書くかどうか迷っているところです。
紙数の少ない新聞のコラムにはなじまないテーマかもしれないという気もするものですから。

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【2011/11/07 19:33】 | さつま人国誌
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ばんない
こんばんは。拝読させて頂きました。このネタは、今回の姶良市の後援会で使われたネタとほぼ同じ物でしょうか?

>「兵庫頭」
今回は触れておられませんでしたが、何でこの官名を自称したかというのも興味深いです。

>「義弘」
これに関しては拙ブログでもネタにした(URLご参照下さい)のですが、菩提寺の妙円寺の寺伝が気になります。気になったまま考察が進んでないのですが(爆)

>「維新」と「惟新」
余り気にしたことがなかったので、指摘に驚きました。どうも時期によって書き分けをしている様子が見受けられるように思いました。画数がよいとかでしょうか?

>参議
>京極高次
京極高次と言えば、今年の大河(もどき)の主人公の姉の夫ですが、豊臣秀頼の母・淀の方の妹婿で従弟という重要人物でもありますね。そういう人物と同じクラスに義弘が置かれたというのも興味深いです。

>来週以降
そのネタは新聞コラムとしては重いかも知れませんが、いくらでも書けるという点では桐野さんにとってはおいしいのでは(汗)

姶良市セミナーでの官位
より
楽しく拝聴しました。
かなり早く着いて資料を読んでいたので
余計面白かったですわ。
一応、私の推察を。

義弘は、動乱に明け暮れていた強者の武将ですから
弓道、弓箭 に造詣も深かったことが
察せられます。
神社の幾つかにはこの「弓箭」を冠している
神社があります。
好んでこの名称に変更させたようです。

加治木の岩下八幡神社
弓箭八幡社

や清水城内にも。

この「弓箭」と「兵庫頭」で連想するのは、
平家物語に登場する、源頼政の「鵺退治」です。

義弘は、源氏の源流を絶やさなかった
この頼政を敬愛していたと
思えるのです。


細川忠興の場合は
千葉和彦
義弘と相前後して、細川忠興も参議任官を遂げているようですが、彼の場合は「三成失脚後」の任官で、それも家康主導と断定して差し支えないと何かで読んだ記憶があります。

反三成派七将宛の家康書状に、
(慶長四年)閏三月五日 家康御判
丹後少将殿//蜂須賀阿波守殿//清州侍従殿//藤堂佐渡守殿//加藤主計頭殿//浅野左京大夫殿//黒田甲斐守殿

一方、関ヶ原直前の家康書状では忠興を「丹後宰相殿」としている(慶長五年八月 永青文庫所蔵)

したがって、忠興の任官は慶長四年閏三月より後で、会津出兵よりは前になるという理屈なのですが…
今回の記事と考え合わせると、義弘と忠興は慶長四年四月一日の同日に参議任官した可能性が強いように思えます。

>京極高次
毛利秀元、織田信包も同クラスの参議のようですが、大河ドラマでは信包が途中からいなくなったのに驚きました。せっかく三姉妹を見守る役柄として登場させたのに、晩年はまったく描かれず…

細川忠興
桐野
千葉和彦さん

細川忠興も参議になっていましたね。
ほかに丹羽長重もそうだったと思います。

義弘の参議任官がいつなのか、正確にはわかりません。
私が書いたのは、五大老の義弘宛て連署状の日付でして、実際はその少し前になるんでしょうが、不明です。

忠興もほぼ同時期かもしれませんが、同じ理由によるものかどうかは判断つきかねます。


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この記事へのコメント
こんばんは。拝読させて頂きました。このネタは、今回の姶良市の後援会で使われたネタとほぼ同じ物でしょうか?

>「兵庫頭」
今回は触れておられませんでしたが、何でこの官名を自称したかというのも興味深いです。

>「義弘」
これに関しては拙ブログでもネタにした(URLご参照下さい)のですが、菩提寺の妙円寺の寺伝が気になります。気になったまま考察が進んでないのですが(爆)

>「維新」と「惟新」
余り気にしたことがなかったので、指摘に驚きました。どうも時期によって書き分けをしている様子が見受けられるように思いました。画数がよいとかでしょうか?

>参議
>京極高次
京極高次と言えば、今年の大河(もどき)の主人公の姉の夫ですが、豊臣秀頼の母・淀の方の妹婿で従弟という重要人物でもありますね。そういう人物と同じクラスに義弘が置かれたというのも興味深いです。

>来週以降
そのネタは新聞コラムとしては重いかも知れませんが、いくらでも書けるという点では桐野さんにとってはおいしいのでは(汗)
2011/11/07(Mon) 22:45 | URL  | ばんない #kyBjvhlc[ 編集]
姶良市セミナーでの官位
楽しく拝聴しました。
かなり早く着いて資料を読んでいたので
余計面白かったですわ。
一応、私の推察を。

義弘は、動乱に明け暮れていた強者の武将ですから
弓道、弓箭 に造詣も深かったことが
察せられます。
神社の幾つかにはこの「弓箭」を冠している
神社があります。
好んでこの名称に変更させたようです。

加治木の岩下八幡神社
弓箭八幡社

や清水城内にも。

この「弓箭」と「兵庫頭」で連想するのは、
平家物語に登場する、源頼政の「鵺退治」です。

義弘は、源氏の源流を絶やさなかった
この頼政を敬愛していたと
思えるのです。
2011/11/09(Wed) 18:58 | URL  | より #EBUSheBA[ 編集]
細川忠興の場合は
義弘と相前後して、細川忠興も参議任官を遂げているようですが、彼の場合は「三成失脚後」の任官で、それも家康主導と断定して差し支えないと何かで読んだ記憶があります。

反三成派七将宛の家康書状に、
(慶長四年)閏三月五日 家康御判
丹後少将殿//蜂須賀阿波守殿//清州侍従殿//藤堂佐渡守殿//加藤主計頭殿//浅野左京大夫殿//黒田甲斐守殿

一方、関ヶ原直前の家康書状では忠興を「丹後宰相殿」としている(慶長五年八月 永青文庫所蔵)

したがって、忠興の任官は慶長四年閏三月より後で、会津出兵よりは前になるという理屈なのですが…
今回の記事と考え合わせると、義弘と忠興は慶長四年四月一日の同日に参議任官した可能性が強いように思えます。

>京極高次
毛利秀元、織田信包も同クラスの参議のようですが、大河ドラマでは信包が途中からいなくなったのに驚きました。せっかく三姉妹を見守る役柄として登場させたのに、晩年はまったく描かれず…
2011/11/11(Fri) 11:01 | URL  | 千葉和彦 #B2zLP17c[ 編集]
細川忠興
千葉和彦さん

細川忠興も参議になっていましたね。
ほかに丹羽長重もそうだったと思います。

義弘の参議任官がいつなのか、正確にはわかりません。
私が書いたのは、五大老の義弘宛て連署状の日付でして、実際はその少し前になるんでしょうが、不明です。

忠興もほぼ同時期かもしれませんが、同じ理由によるものかどうかは判断つきかねます。
2011/11/12(Sat) 00:29 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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