歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨日、大久保利通ファンのYさん、Uさんとさる用事でお会いした。
今度、内輪の甲東研究会が久しぶりに開かれることになったことなどを聞いた。

成り行きで、大河ドラマの話題になったが、お二人が「ウッチー」と何度も呼ばれるので、某女子アナの愛称かと思っていたが、さにあらず。
主役の内野聖陽のことをそう呼ぶらしい。

ほかにも、今川義元役の谷原章介は「タニショー」とか「ハラショー」と呼ぶらしい。
またBLなる隠語も教えてもらい、いろいろなドラマや映画で、BLの気配を感じ取るのが一種のはやりとか(爆)。

とても楽しい一時だった。

おっと、これだけではただの雑談になってしまうので、少し歴史寄りに引き戻しておく。

日本人は「タニショー」とか「キムタク」といった人名をつづめた呼び方が非常に好きである。
これは前近代の日本人も同じだったと見える。
たとえば、羽柴筑前守秀吉は「羽筑」、惟任日向守光秀は「惟日」と呼んだり、書かれたりする。
豊臣政権の五奉行などは、その奉行連署状で、次のように大胆に省略している。

増右(増田右衛門尉長盛)
石治(石田治部少輔三成)
浅弾(浅野弾正少弼長政)

この慣習を「片名字」もしくは「片苗字」という。名字と一緒に通称や官途名も省略されている場合が多いが、一応、そういう。
書状などの宛名に片名字を使うことは、相手に対する敬意を表す。逆に自分に使うときは自分を尊ぶことになる。

江戸時代の故実家として知られる伊勢貞丈(1717-84)の書いた『貞丈雑記』巻9に次のように書かれている。

「一、書状に、人の名を片苗氏(片名字)に書くを、うやまふ礼とする事、古はなき事也、近代のはやりこと也、古は貴人の名には、一向苗氏をば不書、其次少うやまふ人は、苗氏をば二字共に出て、一躰の文言脇付等にて、うやまふ礼はある也」

片名字の慣習はいにしえにはなく、「近代のはやりごと」とのこと。「近代」の範囲がどこまでか、上限がどこまで遡るかということだが、戦国時代までは遡れそうだ。

なお、国史大辞典の「片苗字」の項には、近世文書でよく使用するとある。とくに、松平称号を賜った人には差出人の高下にかかわらず片名字にすることが多いという。

そういえば、江戸時代の島津家も松平称号をもらっているなと思って、『島津家文書』を見てみたら、すぐに松平名字を探せなかったが、代わりに豊臣政権時代の片名字を見つけた。

「羽左衛門大夫」(福島正則) → 「羽兵入」(羽柴兵庫入道=島津義弘)

といった書状など、たくさんの事例がある。

松平称号を片名字にするのは、豊臣政権下で羽柴名字を片名字にしたのに起源がありそうだ。

「ウッチー」から変な話にそれてしまった(笑)。
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【2007/04/01 23:04】 | 雑記
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