歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨夜、小学館アカデミー特別講座「てらこや」に出講のため日比谷へ。

佐佐木高行の日記『保古飛呂比』の慶応3年(1867)5月分を読んだ。
佐佐木がこの月、大目付に就任し、軍事御用も兼帯した記事がメイン。
藩政批判派で攘夷勤王派といってよい佐佐木が重職の大目付に就任したことは藩内情勢の風向きが変わったことを示している。藩当局に脱佐幕傾向の人物が相対的に増えたのと、下級藩士層の圧力によるものだろう。

あと、山内容堂の上京と病気帰国の記事もあった。
容堂の上京はいわゆる四侯会議のため。

その関連史料として、西郷吉之助の島津久光への建言書2点と、徳川慶喜と四侯(実際は容堂を除く三侯)の対決を詳しく書いた越前藩の『続再夢紀事』の長い記事を読む。
西郷は幕府や諸藩のなかで長州寛典反対の声が高いようだと、実力行使を匂わせている。また、すでにこの時点で、徳川家の諸侯の列への降下と大政奉還を眼目に据えている。
禁裏御所仮建所虎の間での朝廷・幕府・諸侯会議のいきさつはとても面白かった。
四侯のうち、唯一出席した松平春嶽の逡巡と公卿たちの因循の様子がうかがえ、久光の欠席もあり、結果として慶喜の強行突破を許してしまう。

そのいきさつが詳細に書かれており、受講者からも笑い声が起こるほど面白かった。史料の醍醐味が味わえた一日だった。

次回は薩土盟約あたりか。

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【2012/02/08 22:43】 | てらこや
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