歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
歴史学者だった近衛通隆氏が死去されたらしい。90歳とか。
ここです。

通隆氏は戦前の首相近衛文麿の二男。兄の文隆氏はシベリアで死去している。東大史料編纂所教授もつとめられた。

幕末期の近衛家の本邸・別邸の数や場所を調べるのに、氏の論文「近衛第趾に就いて」(『歴史地理』86-2、1956年)にお世話になった。小松帯刀の京都邸「御花畑」を調べる起点になったのもこの論文だった気がする。

ご冥福をお祈りする。

追記
上の記事に、通隆氏は近衛家当主とあるが、旧公爵近衛家なら間違いだと思う。兄文隆氏には子供がなかったが、細川家から養子に迎えた忠氏が当主かと(『昭和新修華族家系大成』上より)。

↓↓↓ぜひ下記をクリックして下さいね↓↓↓
人気ブログランキング

スポンサーサイト

【2012/02/13 15:38】 | 雑記
トラックバック(0) |

ご冥福をお祈りします
木脇noひろみ
芳即正先生、近衛通隆先生の訃報を貴サイトで知り大変に驚きそして残念でなりません。
両先生の生前のご功績を忍び、
ご冥福をお祈りします。

今日15日は、東大史料編纂所で近衛家家司の日記(写真帳)を閲覧してきたばかりです。
享保時代の薩摩藩留守居役の木脇賀左衛門祐盛が藩命で近衛家と接点をもった仕事の裏付けを
近衛基熈公の日記から発見。
昨年春、近衛通隆先生に陽明文庫へお手紙を出させていただきました。
また芳先生の各種のご著書を参考にさせていただいており、
島津斉彬公と幕末の木脇権一兵衛(=賀左衛門)の仕事を記してくださっており、
是非お目にかかりたいと思っておりました。
関ヶ原の「薩州の今弁慶・木脇刑部左衛門祐秀」から幕末の子孫「木脇権一兵衛」までを調査しておりますが、
多くの先生方の地道な研究のご功績があって進めていけることを実感し感謝して、手をあわせる次第です。

桐野さん、いつも貴重な情報をご提供くださり、有難うございます。
本当に助かります。




近衛基煕
桐野
木脇noひろみさん

コメント有難うございます。
近衛通隆さんともご縁がおありだったのですね。
史料編纂所、陽明文庫と、調査がますます本格的ですね。近衛基煕日記まで調べられるとはすごい。この人は島津家との縁が深い人ですね。
よい成果をお祈りします。

コメントを閉じる▲
コメント
この記事へのコメント
ご冥福をお祈りします
芳即正先生、近衛通隆先生の訃報を貴サイトで知り大変に驚きそして残念でなりません。
両先生の生前のご功績を忍び、
ご冥福をお祈りします。

今日15日は、東大史料編纂所で近衛家家司の日記(写真帳)を閲覧してきたばかりです。
享保時代の薩摩藩留守居役の木脇賀左衛門祐盛が藩命で近衛家と接点をもった仕事の裏付けを
近衛基熈公の日記から発見。
昨年春、近衛通隆先生に陽明文庫へお手紙を出させていただきました。
また芳先生の各種のご著書を参考にさせていただいており、
島津斉彬公と幕末の木脇権一兵衛(=賀左衛門)の仕事を記してくださっており、
是非お目にかかりたいと思っておりました。
関ヶ原の「薩州の今弁慶・木脇刑部左衛門祐秀」から幕末の子孫「木脇権一兵衛」までを調査しておりますが、
多くの先生方の地道な研究のご功績があって進めていけることを実感し感謝して、手をあわせる次第です。

桐野さん、いつも貴重な情報をご提供くださり、有難うございます。
本当に助かります。


2012/02/16(Thu) 00:44 | URL  | 木脇noひろみ #-[ 編集]
近衛基煕
木脇noひろみさん

コメント有難うございます。
近衛通隆さんともご縁がおありだったのですね。
史料編纂所、陽明文庫と、調査がますます本格的ですね。近衛基煕日記まで調べられるとはすごい。この人は島津家との縁が深い人ですね。
よい成果をお祈りします。
2012/02/16(Thu) 10:42 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック