歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞での連載「さつま人国誌」が本日から始まった模様。

模様というのは、地方紙のため掲載紙をまだ見ていないから。
郷里からは二、三、メールや電話があった。有難いかぎり。

第一回は「西郷隆盛の島妻・愛加那のその後」というタイトル。
第二回は関ヶ原の島津の退き口で、井伊直政を狙撃した柏木源藤の予定。

同紙サイトではどうやら掲載されないようだから、一週間遅れくらいで拙ブログで掲載できるよう交渉してみたい。

もし鹿児島でご覧になった方がおいでなら、ご意見、ご感想などお寄せ下さいませ。
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【2007/04/07 21:17】 | さつま人国誌
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ぼっけもん新聞
先日も楽しい時間でした。南日本新聞への掲載記事を見る方法を模索していましたが、今回の報告を見て嬉しくなりました。これからも楽しみにしています。

もう少しお待ち下さい
桐野
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

先日はどうも。
拙コラムを楽しみにしていただいて有難いかぎりです。なるべくご期待に添えるようにしたいと思いますので、もうしばらくお待ち下さいませ。


調所
さつま人国誌、拝読させて頂きました。鹿児島の知り合いがファックスしてくれましたので。愛加那についての誤解と似た事例が他にもあるのでしょうね。そうした間違った伝聞が事実らしく歴史小説になったり。その点、桐野さんの作品・記事は十分な調査に基づいておりますので、私は教科書としても大切に保存させて頂いております。今後南日本新聞土曜版が楽しみです。

ようこそ
桐野
調所さん、こちらでは初めまして。
以前と違って、コメントできる環境になったのでしょうか?

さっそく拙コラムご覧になったようで、ご感想有難うございます。
私の調査も決して十分とはいえませんし、今後はいろいろアラが出てくるかもしれません(笑)。またご指摘願えたらと思っております。
刀工の波ノ平氏も一度取り上げてみたいと思っているのですが、代表的な人物はやはり行安でしょうか? といっても、史料がなさそうですね。


波平の件
調所
刀工波平は江戸前期に末子相続で始まった本家も長男家の嫡家もその他分家当主も橋口姓です。別派に石神姓、佐藤姓などの波平がおります。ただ一般刀工の多くが、明治以降ですが、波之平、波平、浪平を姓としており、当主以外の姓なのか、橋口家とは血縁関係の無い弟子筋の姓なのか、再来週に鹿児島で、波平姓の人々に会って調査することになっておりますので、結果報告致します。

「さつま人国記」を拝読しました
やまもも
お久しぶりです、やまももです。

 南日本新聞の4月7日に載りました「さつま人国記」を拝読させてもらいました。前から西郷隆盛が奄美に流罪となっていた時の島妻(あんご)である愛加那のことが気になっていたので、とても興味深く読ませてもらいました。

 しかし、西郷と愛加那の間に生まれた菊次郎(のちの京都市長)と菊草(のちの大山誠之助夫人)は西郷家に引き取られたそうですが、愛加那自身は一人残され寂しい余生を送ったとのこと、当時の島妻という境遇にいる女性の哀しさを伝える話ですね。

 「さつま人国記」の続きを楽しみにしています。
 

有難うございます
桐野
やまももさん、こんばんは。

拙コラム読んでいただき有難うございました。
愛加那は家族と引き裂かれてしまったわけですが、甥の丑熊を養子に迎えており、仲睦まじかったようです。せめてもの慰めでしょうか。

引きつづきご愛読いただければうれしいです。


秘剣
記事、興味深く拝読させていただきました。
お写真の若々しさにもビックリしました(^^;)。

有難うございます
桐野
秘剣さん、こんにちは。

わざわざ拙コラム記事、鹿児島から取り寄せられたのでしょうか。そこまでして読んでいただきありがとうございます。
写真は近影がなかったもので、数年前のものです(笑)。
秘剣さんのブログ、いつも感心しながら、読んでおります。焼酎文化にあれだけ熱意をもって語られ、しかも薬丸自顕流の修行の様子も書かれていて、感嘆しつつ読ませていただいております。


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コメント
この記事へのコメント
先日も楽しい時間でした。南日本新聞への掲載記事を見る方法を模索していましたが、今回の報告を見て嬉しくなりました。これからも楽しみにしています。
2007/04/08(Sun) 01:06 | URL  | ぼっけもん新聞 #-[ 編集]
もう少しお待ち下さい
ぼっけもん新聞さん、こんにちは。

先日はどうも。
拙コラムを楽しみにしていただいて有難いかぎりです。なるべくご期待に添えるようにしたいと思いますので、もうしばらくお待ち下さいませ。
2007/04/08(Sun) 09:14 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
さつま人国誌、拝読させて頂きました。鹿児島の知り合いがファックスしてくれましたので。愛加那についての誤解と似た事例が他にもあるのでしょうね。そうした間違った伝聞が事実らしく歴史小説になったり。その点、桐野さんの作品・記事は十分な調査に基づいておりますので、私は教科書としても大切に保存させて頂いております。今後南日本新聞土曜版が楽しみです。
2007/04/08(Sun) 15:09 | URL  | 調所 #-[ 編集]
ようこそ
調所さん、こちらでは初めまして。
以前と違って、コメントできる環境になったのでしょうか?

さっそく拙コラムご覧になったようで、ご感想有難うございます。
私の調査も決して十分とはいえませんし、今後はいろいろアラが出てくるかもしれません(笑)。またご指摘願えたらと思っております。
刀工の波ノ平氏も一度取り上げてみたいと思っているのですが、代表的な人物はやはり行安でしょうか? といっても、史料がなさそうですね。
2007/04/08(Sun) 15:56 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
波平の件
刀工波平は江戸前期に末子相続で始まった本家も長男家の嫡家もその他分家当主も橋口姓です。別派に石神姓、佐藤姓などの波平がおります。ただ一般刀工の多くが、明治以降ですが、波之平、波平、浪平を姓としており、当主以外の姓なのか、橋口家とは血縁関係の無い弟子筋の姓なのか、再来週に鹿児島で、波平姓の人々に会って調査することになっておりますので、結果報告致します。
2007/04/08(Sun) 19:38 | URL  | 調所 #-[ 編集]
「さつま人国記」を拝読しました
お久しぶりです、やまももです。

 南日本新聞の4月7日に載りました「さつま人国記」を拝読させてもらいました。前から西郷隆盛が奄美に流罪となっていた時の島妻(あんご)である愛加那のことが気になっていたので、とても興味深く読ませてもらいました。

 しかし、西郷と愛加那の間に生まれた菊次郎(のちの京都市長)と菊草(のちの大山誠之助夫人)は西郷家に引き取られたそうですが、愛加那自身は一人残され寂しい余生を送ったとのこと、当時の島妻という境遇にいる女性の哀しさを伝える話ですね。

 「さつま人国記」の続きを楽しみにしています。
 
2007/04/09(Mon) 22:23 | URL  | やまもも #2ZuXDQH2[ 編集]
有難うございます
やまももさん、こんばんは。

拙コラム読んでいただき有難うございました。
愛加那は家族と引き裂かれてしまったわけですが、甥の丑熊を養子に迎えており、仲睦まじかったようです。せめてもの慰めでしょうか。

引きつづきご愛読いただければうれしいです。
2007/04/11(Wed) 00:52 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
記事、興味深く拝読させていただきました。
お写真の若々しさにもビックリしました(^^;)。
2007/04/11(Wed) 06:33 | URL  | 秘剣 #-[ 編集]
有難うございます
秘剣さん、こんにちは。

わざわざ拙コラム記事、鹿児島から取り寄せられたのでしょうか。そこまでして読んでいただきありがとうございます。
写真は近影がなかったもので、数年前のものです(笑)。
秘剣さんのブログ、いつも感心しながら、読んでおります。焼酎文化にあれだけ熱意をもって語られ、しかも薬丸自顕流の修行の様子も書かれていて、感嘆しつつ読ませていただいております。
2007/04/11(Wed) 15:56 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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