歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨夜、小学館アカデミー「てらこや」に出講。

講座『佐佐木高行 保古飛呂比』を読むの第16回。
慶応3年(1867)6月分を読む。

主に2点について検討する。
ひとつは、四侯会議で挫折を味わった薩摩藩がいわゆる「討幕」を決意したされる点。
『修訂防長回天史』の一節を読む。小松帯刀が山県狂介・品川弥二郎に「尋常の尽力にては迚も挽回の期あるましき」とか「長薩連合同心戮力致す」という有名な文言を確認。
個人的には、これを「討幕」論といってよいか疑問あり。武力行使も辞せずではあると思うが。

もうひとつは、その一方で成立した薩土盟約を『寺村左膳道成日記』『玉里島津家史料補遺』などで確認。

薩摩藩がいわゆる「討幕」を決意しながら、それからわずか数日後に薩土盟約に乗り換えた背景や理由をあれこれ述べる。核心は将軍辞職(=幕府解体)を獲得することだろうとか。その手段は問わず、しかも、土佐藩が前面に立ってくれればなおよい(佐佐木言:土佐を主人とする)とか。

この間、同日記を読み進めているうち、佐佐木が使う言葉の意味や幕末土佐藩の内情で不明な点が多々あったが、受講者の方から『勤王祕史佐佐木老侯昔日談』に解説があると教えてもらう。じつは同書を所蔵していたのに、これまで使っていなかった。
たまたま受講者が同書を持参されており、ちょっと見せてもらったが、四侯会議で山内容堂が脱落して帰国した事情について、大変興味深いことが書かれていた。表向きには容堂の病気ということになっているが、そうではない。「昔日談」はやはり面白い。

なお、会場になっている千代田区立日比谷図書文化館が刊行している図録「文化都市千代田―江戸の中心から東京の中心へ―」を開講直前に購入。400円と廉価だが、図版や古写真が豊富でお買い得だった。

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【2012/02/22 15:35】 | てらこや
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2012/02/23(Thu) 07:13 |   |  #[ 編集]
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