歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第235回
―阿波沖で開陽と激戦―

昨日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

軍艦春日と艦長の赤塚源六の2回目です。
今回は、鳥羽伏見の戦いの渦中、大坂湾で起こった幕府海軍と薩摩海軍の海戦を書きました。
幕府海軍が誇る開陽に、春日が挑んだ戦いです。
排水量は半分以下、積載砲は26門に対してわずか6門。
ふつうなら、とても太刀打ちできないのですが、春日はその快速によって開陽を翻弄しました。

戦闘が中途半端で終わったのは、開陽が大坂の戦況を気にしたためと思われます。
一説によると、榎本武揚は春日を薩摩まで追いかけようと主張したのに対し、松平太郎がこれに反対し、大坂湾の防衛や将軍慶喜の安危のほうが重要だと反論して、榎本が折れたといわれます。

なお、春日が曳航していた祥鳳丸は阿波の海岸に擱座、自沈しています。

次回は箱館戦争がメインですが、北越戦争にも春日が出動していることも書ければと思います。

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【2012/05/22 08:37】 | さつま人国誌
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2012/05/22(Tue) 19:38:23 |  まとめwoネタ速neo
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