歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第237回
―江戸藩邸焼き打ちを急報―

本日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすれば、ご覧になれます。

今回は江戸時代最後の横綱、陣幕久五郎について書きました。
この人を知ったのは、鹿児島県日置市日吉の園林寺跡にある小松帯刀の墓に石灯籠があるのを見たのが最初だったと思います。のちに、この石灯籠、大阪市夕陽ヶ丘に最初に建てられた小松の墓が改葬されて、鹿児島に移されたときに一緒に移転されたものだとわかりました。

陣幕は薩摩藩お抱えでしたが、なかなかの勤王精神の持ち主だったようです。今回は相撲の話よりも、どちらかといえば、彼の政治向きの話がメインです。
相撲のほうも、阿波藩から薩摩藩にお抱えが代わったとき、阿波藩お抱えの力士たちとの間に遺恨が生じて、あわや闇討ちされそうだったのですが、辛うじて危機を脱するということもあったようです。

今回は陣幕の自伝について、M川さんから多大な教示を得ました。記して御礼申し上げます。

薩摩藩お抱えの力士といえば、大坂にもいたはずです。
以前、鹿児島市の黎明館所蔵の小松帯刀書簡(慶応3年8月頃)を閲覧させてもらったとき、小松が島津久光に随行して大坂で相撲見物をしていることが書かれており、薩摩藩お抱えの力士を応援した旨書かれていたのを記憶していますが、残念ながら、力士名までは覚えていません(汗)。

次回は、大警視川路利良について書こうかと思っています。

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【2012/06/04 22:54】 | さつま人国誌
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2012/06/08(Fri) 02:19:23 |  まとめwoネタ速neo
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