歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
今月末の講演の最終案内です。

来る9月30日(日)、鹿児島市宝山ホールで講演会を催します。
昨年の前回は「義久と義弘」でした。家督継承問題などを中心にお話ししました。
今回は前回にはなかった3男歳久、4男家久を加えました。この下の弟2人、とくにその最期についても詳しく語る予定です。
多くの方々のご来場をお待ちしております。

以下の要領です。

演題:戦国島津四兄弟と秀吉襲来
 ―義久・義弘・歳久・家久、それぞれの去就―

日時:9月30日(日)13:30開場、14:00開演
開場:宝山ホール 099-223-4221
問い合わせ・申し込み 同ホールのサイト(ここ
往復ハガキやネットから申し込めます。
入場無料です。

ご参考までにチラシ写真(表・裏)を載せておきます。ダブルクリックすれば拡大します。
戦国島津表戦国島津裏

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【2012/09/23 10:22】 | イベント
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島津歳久
ながお
桐野様

こんばんわ。島津四兄弟の講演、楽しみですね。残念ながら帰省したばかりなのでとても行けません(笑)。四兄弟皆好きなのですけど、特にと言われれば、やはり歳久ですかね。彼の辞世「晴蓑めが~」はとても気に入ってます。
薩州家からは忠隣が養子に行っていますが、両家の関係は良好だったのでしょうか。歳久は秀吉に対して反抗的だったのですが、島津忠辰はそれに同調しようとしなかったのでしょうか。もちろん真っ先に降伏したことになってはいますが。

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島津歳久
桐野様

こんばんわ。島津四兄弟の講演、楽しみですね。残念ながら帰省したばかりなのでとても行けません(笑)。四兄弟皆好きなのですけど、特にと言われれば、やはり歳久ですかね。彼の辞世「晴蓑めが~」はとても気に入ってます。
薩州家からは忠隣が養子に行っていますが、両家の関係は良好だったのでしょうか。歳久は秀吉に対して反抗的だったのですが、島津忠辰はそれに同調しようとしなかったのでしょうか。もちろん真っ先に降伏したことになってはいますが。
2012/09/23(Sun) 23:35 | URL  | ながお #-[ 編集]
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