歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第268回
―日向で最大規模の外城―

またお知らせが遅れました。
連載が11日に更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

なお、前回267回「知られざる花立越の戦い―日向国境で伊東氏と抗争―」も更新をお知らせする機を失してしまいました。合わせてお読みいただけると幸いです。

前回、今回とも昨秋の宮崎取材を活かしたものです。

高岡郷の成立が関ヶ原合戦の余波を受けたもので、関外四所の最大拠点として、領内から多数の武士たちが集められ形成されたいきさつを述べました。

とりわけ、「迫田太次右衛門手記―慶長五年高岡外城設置ノ件―」(『鹿児島県史料 玉里島津家史料九』所収)は、短文ながら簡潔でわかりやすい史料です。ただ、記主は同時代のひとではなさそうで、この文書の成立も江戸時代後期なのかなと推測していますが。
同手記にあった義弘の言葉として、日向国境を「犬牙之地」と述べていることが印象的でした。この地域を指すキーワードといってよいと思います。

今回の記事には活かせなかったのですが、近世の高岡郷の実態がどのようなものだったのか、郷士の数や郷の知行高などのデータをいくつかの年代ごとにそろえたのですが、じつのところ、数字にばらつきがあってよくわかりませんでした。

あと、同上手記には天ヶ城の在番体制なども記されていますし、『高岡町史』には同城の縄張り図もあり、遺構が残っていそうです(もっとも、公園として整備されているので遺構の残りはどうか)。近くを通ったのですが、遠景を見て撮影しただけで、上らなかったことが悔やまれます。
撮影ポイントがいまいちでしたが、同城の写真を載せておきます。
天ヶ城遠景


次回も日向関係で、去川の関を取り上げる予定です。

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【2013/02/13 14:25】 | さつま人国誌
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