歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第274回
―2人の夫との悲劇と苦労―

本日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

伊集院幸侃の惨殺事件→庄内の乱→伊集院忠真の暗殺と族滅と続き、締めは忠実夫人の御下の生涯を追いました。

御下は義弘の末娘です。そのせいか、幸侃が嫡男忠真を島津本宗家の家督に据えようとしたという説まで拵えられたほどです(まず捏造です)。

御下はそれくらい重要な女性だったといえましょう。

しかし、御下本人にしてみれば、舅を兄に殺され、庄内に攻めてきたのは兄、命令したのは伯父という具合で、骨肉相食む修羅場に巻き込まれてしまったわけです。
さらに、夫は兄の密命で殺害され、姑はじめ義弟たちもみな殺害されてしまいました。
最後に残ったのが御下と一女千鶴だったというわけです。

しかも、千鶴が嫁ぐと、今度は御下に再婚話が盛り上がりました。
宮之城家の島津久元です。ただの再婚ならまだしも、久元は先妻を兄家久に離婚させられた形での再婚ですから、寝覚めがよいはずもありません。

一子久近が15歳の若さで急死したとき、久元の先妻の祟りだという噂が流れたというのですから、御下の宮之城家での居心地の悪さも知れるというものです。
幸い、久近が佐志島津家を継いでいましたから、御下も佐志に移り、そこで生涯を終えたのはまだしもかもしれません。

この祟りの一件など、当ブログのリンク先であるHP「戦国島津女系図」(運営者:ばんないさん)から教わることが多かったです。この場を借りて御礼申し上げます。

次回は未定です。

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【2013/04/08 20:21】 | さつま人国誌
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