歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」第285回
―西郷と四侯会議の熟談―

8日(月)に連載が更新されたのに、うっかりして告知を忘れておりました(汗)。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックして下さい。

中岡の日記「行行筆記」にある西郷との対談を中心にまとめました。
西郷は四侯会議の根回りのため、土佐の山内容堂と宇和島の伊達宗城と相次いで会見し、上京を訴えます。
両侯は最終的に上京を承諾しますが、宗城は当初消極的で、西郷との会見も後ろ向きのはぐらかしに終始しました。それがかえってはたからみると、面白い内容になりました。
西郷が京都に「愛女」があったことがわかります。

それはともかく、西郷が他藩人の中岡に会見内容を率直に話している点は注目されます。よほど信用しているということです。
それというのも、この四侯会議の周旋に中岡も関与していたからでしょう。京都において中岡は西郷から依頼されたのか、容堂に上京の意思があるかどうかの確認のため、土佐藩の重役連にあたっています。そして好感触を得たことを西郷に報告しています。それがきっかけになって、西郷の土佐行きが決まったものと思われます。
西郷が中岡を信用する所以です。

こうした脱藩浪士、その双璧は中岡と坂本龍馬でしょうが、彼らの立ち位置や役割はもっと評価されていいと思います。国事周旋の「接着剤」とでもいうべきでしょうか。

次回も土佐人の来薩を書きます。
今度は土佐藩の重役、後藤象二郎と小笠原唯八です。
お楽しみに。

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【2013/07/14 10:55】 | さつま人国誌
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