歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第286回
―久光に諸侯の協力訴え―

一昨日15日連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

前回に続いて、土佐人の来薩です。
今回は脱藩士の中岡慎太郎と違い、2人の重役です。
しかも、2人は当初、中岡ら土佐勤王党とは敵対する立場にありました。

2人は国父久光と会見し、前藩主山内容堂の親書を手渡します。
親書といっても、詳しくは2人から聞いてほしいというもので、親書を失ったり奪われたりして機密漏洩を恐れたのでしょうか。
2人は久光に諸侯の協力、連携を訴えます。「公議」確立のためでしょう。
久光はそのこと自体には異議がなく賛意を表しますが、具体策を欠いていただけに、雄藩諸侯による何らかの政治行動を起こすまでには至っていません。
その意味では、佐々木高行の『保古飛呂比』に書かれているように、来薩の目的は薩藩の探索だったのかもしれません。
2人が来薩する1カ月前に京都で薩長同盟がひそかに結ばれています。
土佐藩も何らかのルートでその情報を察知したのかもしれず、鹿児島に乗り込んで確認してみようということになったのかもしれませんが、真相はよくわかりません。

この来薩に即効性はなかったですが、1年後の四侯会議、薩土盟約で後藤象二郎が活躍する下地にはなったような気がします。

次週22日は参院選挙速報のため休載です。
次回掲載は29日になります。

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【2013/07/17 09:54】 | さつま人国誌
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