歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第296回
―西南戦争で負傷し、自刃―

連載が本日更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

今回は西南戦争に西郷軍方で従軍した飫肥隊のリーダー、小倉処平について書きました。
一昨年秋、念願していた飫肥を訪れました。
飫肥城はじめ、いかにも南九州の小京都らしい所でした。
名物の飫肥天や射的の四半的なども楽しみました。
また小村寿太郎関係史跡も生誕地や銅像など訪れました。

そして、以前から注目していた小倉処平と飫肥隊の墓所も訪れることができました。

今回はそのときの成果をもとにしたものです。
訪問からもう2年もたってしまいました。
遅すぎますね。

東九州方面からの突出という小倉の戦略眼はたしかなものだったと思います。
もっと早く小倉の策が実行されていたら、西南戦争の局面もだいぶ変わったかもしれません。

小倉は最後まで降伏しなかった人でもありました。
その墓は小倉の無念がつまっているようでした。

飫肥の写真をいくつか載せておきます。
IMG_9197_800.jpg
飫肥隊の墓所

IMG_9152_800.jpg
飫肥城

IMG_9135_800.jpg
小村寿太郎生誕地

IMG_9172四半的_800
四半的を楽しむ、なかなか当たらない。

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【2013/10/16 17:08】 | さつま人国誌
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