歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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南日本新聞連載「さつま人国誌」第315回
―ザビエルと会見、毒殺説も―

本日、連載が更新になりました。
同紙サイトのここか、右のリンク欄「さつま人国誌」をクリックすればご覧になれます。

前回の続きです。
島津貴久の足跡をいろいろ書きました。
紙数の関係で総花式になったのは否めませんが。

面白いのは、記事にも書いたように、貴久の毒殺説があることですね。
しかも、雑書の類ではなく、『上井覚兼日記』に書かれているのですから、無視するわけにはいきません。
毒殺の実行者として噂されたのは、父日新斎の家老だった平田安房介宗茂です。
宗茂が貴久に遺恨があったのかどうかはわかりません。
ただ、記事にも書いたように、貴久が他界した年、宗茂は川辺から転じて、貴久が隠居する加世田の地頭になっているのが気になりますが。まあ、単なる偶然かもしれませんし。

あと、貴久とザビエルの会見場所については、通説の伊集院一宇治城よりも、国分清水城のほうが私も有力ではないかと思っています。会見の前後、貴久は蒲生・祁答院の諸勢と加治木の黒川崎で長対陣しており、国分清水城に張り付かざるをえなかったと思われるからです。

貴久については、まだほかにも書きたいことがあったのですが、紙数の関係で書けなかったのが残念です。

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【2014/03/17 18:53】 | さつま人国誌
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