歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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本欄では政治ネタは書かないつもりでしたが、この新聞記事には驚きました。

日本もついにここまで来たかという感じです。
東京都の有権者の見識が問われそうです。

戦後レジームからの脱却とは、戦前戦中レジームへの回帰への道だと思わざるをえません。


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【2007/05/08 01:10】 | 雑記
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うわぁ
かわい
 前々から痛い人だとは思っていましたが、こりゃまた痛烈ですね。

買いかぶりすぎでは?
hasu
自民党から出馬の予定とかならともかく、個人としての出馬表明がなぜ「戦前戦中レジームへの回帰への道」となるのでしょうか?もしかしたら当選ちゃうかも知れません。でもそれでも何百人の内のひとりです。それでも前回大統領選でルペンが決選投票に進んでしまったフランスと比べればただの泡沫候補でしょう。

同感です
パルティアホースカラー
確かに、「日本もついにここまで来たか」って感じですね。
また、「戦後レジームからの脱却」という言葉に新鮮な響きを感じている人もいるかもしれませんが、実際は「戦前戦中レジームへの回帰」を意味する可能性が高いことは留意されるべきだと思います。

まあそうなんですが……
桐野
hasuさん、どうも。

たしかに個人としての立候補なので、ご指摘もわかります。ただ、無所属で当選したのち、鞍替えすることも可能なわけで。とくに与野党伯仲状況なら、ありえない話ではありません。
もっとも、彼女が自民党から立候補したら、話は別かといえば、必ずしもレジーム云々といった大げさなことではないかもしれません。でも、近年の社会政治状況を示す象徴的な出来事ではあると思います。

何といいますか、レジームは別段上からの意志だけで変更されるわけではなく、むしろ上はレジームからの受益者のはずで、わが国の歴史ではレジーム変更の梃子は「内因」よりも「外圧」の影響が大きく、その時代の空気感のようなものと無関係ではないように思います。敗戦直後からしばらくは、まず考えられなかった現象がいまは起こるわけですから。
むろん、彼女が立候補するのは自由ですが、それを戦後民主主義の成熟だと達観できるほど、私は楽観主義にはなれないものですから(笑)。


松裕堂
どうも、リードオンリーばかりで御無沙汰しております松裕堂です。

件の人物が立候補を表明したことについて「日本もついにここまで来たか」という感想や「戦前戦中レジームへの回帰」と受け取られる向きがイマイチ私には良くわからないのですが、排他的主張の目立つ海外のドギツイ政党や政治家の例を見ていると、hasuさんが上で仰られているように、この人物について「買いかぶりすぎ」というか、大袈裟というか、警戒のしすぎという気はいたします。

>敗戦直後からしばらくは、まず考えられなかった現象がいまは起こる
率直に申しますと、戦後60年以上を経過しても「敗戦直後」(乃至「敗戦直後からしばらく」)に考えられた現象しか起こらないほうが、寧ろ不思議な気がしませんか。60年の期間で日本史を観た場合、政治史にしろ、文化史にしろ、相応・相当の変化は過去にも見られるわけですから況んや現代をや。

とりあえず、この人物が仮に参院選に当選したとしても、現在の政治体制(政治風土?)では当選回数と年齢がネックになって、現実問題たいした影響力は持てないと思うんですが、これも楽観的すぎますかね?

世相の変化
hasu
ども。たしかに単なる保守回帰ではない世相の変化を表わしているのかも知れません。ナチスだって最初は泡沫政党だったんだから時代の雰囲気を甘く見てはいけないのも確かでしょう(さすがに一緒にしては彼女に失礼だと思いますが)。とはいえ、戦後には岸信介はもとより、あの辻政信だって国会議員をやっていたわけで。
私としては彼女のようなご老人が居ても立っても居られず(?)出馬表明すること自体、彼女自身が自らの一票を託すに足ると考える若い世代の候補者を見つけられなかった証拠ではないかと考えるのですが。

老いの一徹?
桐野
私の関心と感慨は、彼女個人の力量や活動というより、彼女が立候補できるようになった時代の気分の変化のほうです。
むろん、60年前と現在とでは多くの点で変わっていないほうがおかしいわけで、それはいうまでもないでしょう。それでも、戦後体制への公然たる異議申し立てとしての出馬は間違いないところで、それを戦前戦中レジームの最高責任者の縁者が直接乗り出すわけでして。
岸信介、辻政信、あるいは板垣正の出馬とはまた違うエポックメイキングな意味合いがありそうですが……。


彼女の立候補表明は、時期的な問題として、「小倉侍従日記」「卜部侍従日記」が立て続けに公開されたことと無縁ではないと思います。個人的には、政権安定化のため(とくに対米、対中韓関係上)の安倍政権サイドからのリークではないかと憶測しておりますが。

それはともあれ、彼女の思いは何よりも祖父の雪冤にあるはず。それと背反する動きが水面下で政府筋や与党側で進行しているのではないかという不信感と危機感が根底にあるのではないでしょうか。
信頼できる若い世代がいないというのも一理ありそうですね。おそらく安倍政権には期待が大きかったと思いますが、この間の一連の事態で、それが失望に変わっているかもしれず、向背定かならぬ若い世代はもはやあてにならぬ、この際、自分が出た方がよい(ある程度支持が期待できるはず)という「老いの一徹」かもしれませんね。


蟻さん
仮に当選したとして、それが戦前レジームへの回帰になるんでしょうか?また軍国主義日本が復活する、というのは些か短絡的では。これまで共産主義者が毎回何人も当選してますが、日本は別に共産主義社会には向かっていません。それに、仮に彼女が当選したとしても、それ自体は否定すべきではない。それが民主主義というものでしょう。確かに空気は変わりましたが、従来の左翼天下の崩壊に伴う大きな流れの中の、一つのうねりとして表れたものに過ぎないでしょう。それに、よく十把一絡げに「戦前」と言いますが、昭和の初めの一時期をもって明治大正の歩みをも全否定するかのような捉え方には疑問を持ちます。


水戸っぽ
概ね蟻さん様に同感です。
何より「戦後体制への公然たる異議申し立てとしての出馬」は間違いないとか、「彼女の思いは何よりも祖父の雪冤にあるはず」とか決め付けるのは如何かと〔私自身は(関連する発言等のような)その具体的な証拠となるものを見聞・承知していないので。さらには彼女自身の「個人的・実存的」な思いと「政治的」主張が同じであるという証拠もありません〕。当該の記事にある彼女の主張は、天皇の靖国参拝は別として、東京裁判批判は広く人口に膾炙した議論だし(その「全否定」とまではいっていないし)、ましてや高齢者福祉の充実云々に至っては何ら問題のあるものではありません(笑)。
所詮戦争を知らない世代の戯言と評されるかもしれませんが、使い古された感のある「いつか来た道」論を反復するより、「時代の気分の変化」は(その良し悪しは別として)事実として否定しようのない前提と認めたうえで、それが生み出す危険性をいかに防ぐかという観点からの議論のほうが今の我が国を考えるうえでは必要なのではないでしょうか。と、声高に主張したところで場違いというか「ひとり生テレビ」状態になるのでこの辺で(笑)。

印象批評として
ほうけもん
「雪辱」なんぞが現代政治でも「戦前戦中レジーム」ですら時代遅れで問題外なのに、もっともらしい「福祉問題」をテーマに持ってくるあたり、「装飾政治家」風な感じがいたしますです。シニカル過ぎでしょうか?いずれにせよ「私益優先体質」が露骨ですよ、と言いたい。

戦前戦中レジームへの回帰?
板倉丈浩
こんばんは。盛り上がっているようですので、私も若干見解を述べたいと思います。

まず、基本的に「戦後レジーム」と「戦前戦中レジーム」という分け方には疑問を感じます。
第2次大戦の前後では、制度面・政策面では連続性が強く(「1940年体制」といわれる)、大きく変わったように見える外交・軍事政策でも英米協調の幣原外交に回帰したにすぎず、日本社会を大きく変貌させたのはむしろ高度成長だと思います。
ただ、社会は大きく変っても制度や政策はほとんどそのままで、構造改革しようとしても、変えることにものすごく抵抗があるというのが現状ですね。
安倍政権が実際にやっていることを見ると、「戦後レジームからの脱却」とは「長年放置・先送りされていた案件に手を付ける」ということであって、戦前回帰を意図しているものとは思えません(今のところ、ですが・・・)。

また、東條氏の「東京裁判を認めない」という主張は、戦後ずっと一般的だったもので、実際に戦犯赦免の国会決議までされています。靖国神社の戦犯合祀もその流れで行われたもので、昭和天皇を除けば、あまり問題視していませんでした。
これが最近になって、保守本流の自民党や遺族会までが「国立追悼施設」とか「A級戦犯分祀」などと言い出したわけで、遺族の立場からすれば、命だけではなく名誉まで奪われることになり、東條氏が危機感を抱くのも当然でしょう。
ちなみに、社会福祉と遺族援護は密接な関係があり、東條氏が福祉の充実を唱えるのも単なる人気取りではないと思います。

歴史的事実として、安倍首相のお祖父さんは重臣グループに味方して内閣改造を失敗させ、東條氏のお祖父さんを総辞職に追いやったわけで、しかも同じ「A級戦犯の孫」でこれだけ明暗が分かれてしまっている以上、両者は絶対に相容れない関係であり、今回の立候補は「戦後レジームからの脱却」とは何の関係もないのではないでしょうか。


申し訳ありませんが……
桐野
みなさま

私がほんの数行書いた雑感が予想外の盛り上がりになってしまい、有難いというより困惑しております。

すでに述べたように、私は自分の感慨、気分、気持ちを書いただけで、何も厳密な議論をしようと思ったわけではありません。
また私の感性や雑感に厳密性を要求されても、困ってしまいます。また逆にいえば、コメントされるみなさんにも同様に厳密性が要求されることになります。

そもそも「レジーム」の定義をしてからでないと、議論は混乱するばかりです。その定義のしかたによっては、いろいろな見方が出てくるのではないでしょうか。そのような議論を一から始めるのはしんどいことです。

本来、当ブログの趣旨やメインテーマとは逸脱した単なる雑感でしたので、これ以上議論が続くのは本意でありませんし、これだけコメントされたら、私も物理的時間的に対応できません。ですから、そろそろ打ち止めにしてもらえたら有難いです。

根源にあるもの
トニオ
管理人様もここらで「打ち止め」との事ですが、忙しくしており、久しぶりにブログを拝見しましたら、このように盛り上がっていますので、独語で言います、「最後のカラシを添える」をさせて下さい。(別に辛さが効く内容ではなく、余計な一言という意味です。)
それぞれのご意見の形勢の背景にありますのは、勝者の論理か敗者の言い分ではないのでしょうか?起きた事への善し悪しの判断を方向付けられるのはご存知の通り「勝者の論理」です。
今日の考え方と当時の考え方には差があるので、現在の資料、知識、感覚、常識をもって当時を評価するのは慎重に行なう必要があり、寛容性が求められるのではないでしょうか。戦後教わって来た歴史は悪玉日本です。
戦争がよくないのは解り切った事ですが、もっと当時の環境や状況を公平に見定めてもいい時期ではないのでしょうか?
失礼しました。

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コメント
この記事へのコメント
うわぁ
 前々から痛い人だとは思っていましたが、こりゃまた痛烈ですね。
2007/05/08(Tue) 01:45 | URL  | かわい #b7R9Co7w[ 編集]
買いかぶりすぎでは?
自民党から出馬の予定とかならともかく、個人としての出馬表明がなぜ「戦前戦中レジームへの回帰への道」となるのでしょうか?もしかしたら当選ちゃうかも知れません。でもそれでも何百人の内のひとりです。それでも前回大統領選でルペンが決選投票に進んでしまったフランスと比べればただの泡沫候補でしょう。
2007/05/08(Tue) 05:04 | URL  | hasu #SFo5/nok[ 編集]
同感です
確かに、「日本もついにここまで来たか」って感じですね。
また、「戦後レジームからの脱却」という言葉に新鮮な響きを感じている人もいるかもしれませんが、実際は「戦前戦中レジームへの回帰」を意味する可能性が高いことは留意されるべきだと思います。
2007/05/08(Tue) 06:55 | URL  | パルティアホースカラー #-[ 編集]
まあそうなんですが……
hasuさん、どうも。

たしかに個人としての立候補なので、ご指摘もわかります。ただ、無所属で当選したのち、鞍替えすることも可能なわけで。とくに与野党伯仲状況なら、ありえない話ではありません。
もっとも、彼女が自民党から立候補したら、話は別かといえば、必ずしもレジーム云々といった大げさなことではないかもしれません。でも、近年の社会政治状況を示す象徴的な出来事ではあると思います。

何といいますか、レジームは別段上からの意志だけで変更されるわけではなく、むしろ上はレジームからの受益者のはずで、わが国の歴史ではレジーム変更の梃子は「内因」よりも「外圧」の影響が大きく、その時代の空気感のようなものと無関係ではないように思います。敗戦直後からしばらくは、まず考えられなかった現象がいまは起こるわけですから。
むろん、彼女が立候補するのは自由ですが、それを戦後民主主義の成熟だと達観できるほど、私は楽観主義にはなれないものですから(笑)。
2007/05/08(Tue) 07:02 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
どうも、リードオンリーばかりで御無沙汰しております松裕堂です。

件の人物が立候補を表明したことについて「日本もついにここまで来たか」という感想や「戦前戦中レジームへの回帰」と受け取られる向きがイマイチ私には良くわからないのですが、排他的主張の目立つ海外のドギツイ政党や政治家の例を見ていると、hasuさんが上で仰られているように、この人物について「買いかぶりすぎ」というか、大袈裟というか、警戒のしすぎという気はいたします。

>敗戦直後からしばらくは、まず考えられなかった現象がいまは起こる
率直に申しますと、戦後60年以上を経過しても「敗戦直後」(乃至「敗戦直後からしばらく」)に考えられた現象しか起こらないほうが、寧ろ不思議な気がしませんか。60年の期間で日本史を観た場合、政治史にしろ、文化史にしろ、相応・相当の変化は過去にも見られるわけですから況んや現代をや。

とりあえず、この人物が仮に参院選に当選したとしても、現在の政治体制(政治風土?)では当選回数と年齢がネックになって、現実問題たいした影響力は持てないと思うんですが、これも楽観的すぎますかね?
2007/05/08(Tue) 08:38 | URL  | 松裕堂 #6eUroIng[ 編集]
世相の変化
ども。たしかに単なる保守回帰ではない世相の変化を表わしているのかも知れません。ナチスだって最初は泡沫政党だったんだから時代の雰囲気を甘く見てはいけないのも確かでしょう(さすがに一緒にしては彼女に失礼だと思いますが)。とはいえ、戦後には岸信介はもとより、あの辻政信だって国会議員をやっていたわけで。
私としては彼女のようなご老人が居ても立っても居られず(?)出馬表明すること自体、彼女自身が自らの一票を託すに足ると考える若い世代の候補者を見つけられなかった証拠ではないかと考えるのですが。
2007/05/08(Tue) 11:36 | URL  | hasu #SFo5/nok[ 編集]
老いの一徹?
私の関心と感慨は、彼女個人の力量や活動というより、彼女が立候補できるようになった時代の気分の変化のほうです。
むろん、60年前と現在とでは多くの点で変わっていないほうがおかしいわけで、それはいうまでもないでしょう。それでも、戦後体制への公然たる異議申し立てとしての出馬は間違いないところで、それを戦前戦中レジームの最高責任者の縁者が直接乗り出すわけでして。
岸信介、辻政信、あるいは板垣正の出馬とはまた違うエポックメイキングな意味合いがありそうですが……。


彼女の立候補表明は、時期的な問題として、「小倉侍従日記」「卜部侍従日記」が立て続けに公開されたことと無縁ではないと思います。個人的には、政権安定化のため(とくに対米、対中韓関係上)の安倍政権サイドからのリークではないかと憶測しておりますが。

それはともあれ、彼女の思いは何よりも祖父の雪冤にあるはず。それと背反する動きが水面下で政府筋や与党側で進行しているのではないかという不信感と危機感が根底にあるのではないでしょうか。
信頼できる若い世代がいないというのも一理ありそうですね。おそらく安倍政権には期待が大きかったと思いますが、この間の一連の事態で、それが失望に変わっているかもしれず、向背定かならぬ若い世代はもはやあてにならぬ、この際、自分が出た方がよい(ある程度支持が期待できるはず)という「老いの一徹」かもしれませんね。
2007/05/08(Tue) 12:11 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
仮に当選したとして、それが戦前レジームへの回帰になるんでしょうか?また軍国主義日本が復活する、というのは些か短絡的では。これまで共産主義者が毎回何人も当選してますが、日本は別に共産主義社会には向かっていません。それに、仮に彼女が当選したとしても、それ自体は否定すべきではない。それが民主主義というものでしょう。確かに空気は変わりましたが、従来の左翼天下の崩壊に伴う大きな流れの中の、一つのうねりとして表れたものに過ぎないでしょう。それに、よく十把一絡げに「戦前」と言いますが、昭和の初めの一時期をもって明治大正の歩みをも全否定するかのような捉え方には疑問を持ちます。
2007/05/09(Wed) 01:24 | URL  | 蟻さん #OARS9n6I[ 編集]
概ね蟻さん様に同感です。
何より「戦後体制への公然たる異議申し立てとしての出馬」は間違いないとか、「彼女の思いは何よりも祖父の雪冤にあるはず」とか決め付けるのは如何かと〔私自身は(関連する発言等のような)その具体的な証拠となるものを見聞・承知していないので。さらには彼女自身の「個人的・実存的」な思いと「政治的」主張が同じであるという証拠もありません〕。当該の記事にある彼女の主張は、天皇の靖国参拝は別として、東京裁判批判は広く人口に膾炙した議論だし(その「全否定」とまではいっていないし)、ましてや高齢者福祉の充実云々に至っては何ら問題のあるものではありません(笑)。
所詮戦争を知らない世代の戯言と評されるかもしれませんが、使い古された感のある「いつか来た道」論を反復するより、「時代の気分の変化」は(その良し悪しは別として)事実として否定しようのない前提と認めたうえで、それが生み出す危険性をいかに防ぐかという観点からの議論のほうが今の我が国を考えるうえでは必要なのではないでしょうか。と、声高に主張したところで場違いというか「ひとり生テレビ」状態になるのでこの辺で(笑)。
2007/05/09(Wed) 11:44 | URL  | 水戸っぽ #-[ 編集]
印象批評として
「雪辱」なんぞが現代政治でも「戦前戦中レジーム」ですら時代遅れで問題外なのに、もっともらしい「福祉問題」をテーマに持ってくるあたり、「装飾政治家」風な感じがいたしますです。シニカル過ぎでしょうか?いずれにせよ「私益優先体質」が露骨ですよ、と言いたい。
2007/05/09(Wed) 18:48 | URL  | ほうけもん #EBUSheBA[ 編集]
戦前戦中レジームへの回帰?
こんばんは。盛り上がっているようですので、私も若干見解を述べたいと思います。

まず、基本的に「戦後レジーム」と「戦前戦中レジーム」という分け方には疑問を感じます。
第2次大戦の前後では、制度面・政策面では連続性が強く(「1940年体制」といわれる)、大きく変わったように見える外交・軍事政策でも英米協調の幣原外交に回帰したにすぎず、日本社会を大きく変貌させたのはむしろ高度成長だと思います。
ただ、社会は大きく変っても制度や政策はほとんどそのままで、構造改革しようとしても、変えることにものすごく抵抗があるというのが現状ですね。
安倍政権が実際にやっていることを見ると、「戦後レジームからの脱却」とは「長年放置・先送りされていた案件に手を付ける」ということであって、戦前回帰を意図しているものとは思えません(今のところ、ですが・・・)。

また、東條氏の「東京裁判を認めない」という主張は、戦後ずっと一般的だったもので、実際に戦犯赦免の国会決議までされています。靖国神社の戦犯合祀もその流れで行われたもので、昭和天皇を除けば、あまり問題視していませんでした。
これが最近になって、保守本流の自民党や遺族会までが「国立追悼施設」とか「A級戦犯分祀」などと言い出したわけで、遺族の立場からすれば、命だけではなく名誉まで奪われることになり、東條氏が危機感を抱くのも当然でしょう。
ちなみに、社会福祉と遺族援護は密接な関係があり、東條氏が福祉の充実を唱えるのも単なる人気取りではないと思います。

歴史的事実として、安倍首相のお祖父さんは重臣グループに味方して内閣改造を失敗させ、東條氏のお祖父さんを総辞職に追いやったわけで、しかも同じ「A級戦犯の孫」でこれだけ明暗が分かれてしまっている以上、両者は絶対に相容れない関係であり、今回の立候補は「戦後レジームからの脱却」とは何の関係もないのではないでしょうか。
2007/05/10(Thu) 00:39 | URL  | 板倉丈浩 #/2jzPtOA[ 編集]
申し訳ありませんが……
みなさま

私がほんの数行書いた雑感が予想外の盛り上がりになってしまい、有難いというより困惑しております。

すでに述べたように、私は自分の感慨、気分、気持ちを書いただけで、何も厳密な議論をしようと思ったわけではありません。
また私の感性や雑感に厳密性を要求されても、困ってしまいます。また逆にいえば、コメントされるみなさんにも同様に厳密性が要求されることになります。

そもそも「レジーム」の定義をしてからでないと、議論は混乱するばかりです。その定義のしかたによっては、いろいろな見方が出てくるのではないでしょうか。そのような議論を一から始めるのはしんどいことです。

本来、当ブログの趣旨やメインテーマとは逸脱した単なる雑感でしたので、これ以上議論が続くのは本意でありませんし、これだけコメントされたら、私も物理的時間的に対応できません。ですから、そろそろ打ち止めにしてもらえたら有難いです。
2007/05/10(Thu) 01:28 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
根源にあるもの
管理人様もここらで「打ち止め」との事ですが、忙しくしており、久しぶりにブログを拝見しましたら、このように盛り上がっていますので、独語で言います、「最後のカラシを添える」をさせて下さい。(別に辛さが効く内容ではなく、余計な一言という意味です。)
それぞれのご意見の形勢の背景にありますのは、勝者の論理か敗者の言い分ではないのでしょうか?起きた事への善し悪しの判断を方向付けられるのはご存知の通り「勝者の論理」です。
今日の考え方と当時の考え方には差があるので、現在の資料、知識、感覚、常識をもって当時を評価するのは慎重に行なう必要があり、寛容性が求められるのではないでしょうか。戦後教わって来た歴史は悪玉日本です。
戦争がよくないのは解り切った事ですが、もっと当時の環境や状況を公平に見定めてもいい時期ではないのでしょうか?
失礼しました。
2007/05/10(Thu) 13:57 | URL  | トニオ #-[ 編集]
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2007/08/17(Fri) 13:28:07 |  のぞみのblog
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