歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
南日本新聞連載「さつま人国誌」本日更新しました。
同紙サイトのここをクリックすればご覧になれます。

第370回:長い石垣、義久も使用

今春、肥前名護屋城を見学してきました。
その雄大さに驚くとともに、周辺に造られた諸大名の陣屋の数の多さ。
じつに120か所も見つかっているそうです。

そのうち、波戸岬突端近くにある島津義弘の陣屋跡も見学し、今回書きました。
立派な石垣の長い列が残っていたのが印象的でした。
写真はその一端を示しています。

いつから普請され、いつ完了したのか。大まかにはわかっていても、詳しくはわかりません。
また、太守義久と義弘が名護屋に退陣していた時期を検討してみました。
その結果、義弘が在陣していたのは、朝鮮渡海直前の一カ月程度ではないかと思います。
一方、義久は1年以上の滞陣だったと思います。
造営したのは義弘ですが、むしろ、義久陣屋といったほうが正確かも知れません。

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【2015/05/25 21:49】 | さつま人国誌
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いつか行って見たいです
かんな
今回のさつま人国誌を読んで、「しまった」と思っております。
5月に所要があり佐賀に行って来たので、どうにか時間をやりくりして肥前名護屋城に行き島津義弘の陣屋跡を見ようかと思いましたが…
・肥前名護屋城が広いのにじっくり周る時間がない
・島津義弘の陣屋跡がけっこう離れている
・島津義弘の陣屋跡は整備がされていないらしい
・義弘が在陣していたのはほんの少し
ということで、泣く泣くあきらめたのですが、
>立派な石垣の長い列が残っていたのが印象的でした
>義久は1年以上の滞陣だったと思います

行けばよかったと後悔しております。

残念でしたね
桐野
かんなさん

お久しぶりです。
名護屋城、次回はぜひ訪れて下さい。
圧倒されますから。

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コメント
この記事へのコメント
いつか行って見たいです
今回のさつま人国誌を読んで、「しまった」と思っております。
5月に所要があり佐賀に行って来たので、どうにか時間をやりくりして肥前名護屋城に行き島津義弘の陣屋跡を見ようかと思いましたが…
・肥前名護屋城が広いのにじっくり周る時間がない
・島津義弘の陣屋跡がけっこう離れている
・島津義弘の陣屋跡は整備がされていないらしい
・義弘が在陣していたのはほんの少し
ということで、泣く泣くあきらめたのですが、
>立派な石垣の長い列が残っていたのが印象的でした
>義久は1年以上の滞陣だったと思います

行けばよかったと後悔しております。
2015/05/31(Sun) 23:35 | URL  | かんな #Q0Jog3Qs[ 編集]
残念でしたね
かんなさん

お久しぶりです。
名護屋城、次回はぜひ訪れて下さい。
圧倒されますから。
2015/06/02(Tue) 13:11 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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