歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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25日、南日本新聞連載「さつま人国誌」更新。
第380回「豊後戸次川の合戦(下)」。

同紙サイトのここをクリックすれば、ご覧になれます。

戸次川合戦もいよいよ豊臣軍との決戦です。
今回、副題を「家久、釣り野伏戦法か」としました。
「釣り野伏」は戦国当時にはない用語で、近世の軍学者、徳田邕興が発案したと思われます。
その特徴は、少数の囮兵による敵の誘き出しと三面など多方面からの敵の包囲攻撃にあります。

では、戸次川合戦でどうだったかといえば、囮兵を出したとするのは『フロイス日本史』の記述だけではないかと思います。
やや裏付けを欠きますが、それでも、家久が伏兵を置いたという史料がいくつかあるので、渡河してくる豊臣軍を多方面から攻撃する態勢にあったことはほぼ間違いないと思われます。

紙数の関係で、長宗我部信親の奮戦と最期を書けませんでしたので、次回を期したいと思います。

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【2015/08/26 20:02】 | さつま人国誌
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