歴史作家桐野作人のブログ                                      織田信長と島津氏・薩摩藩・幕末維新を中心に歴史にまつわる身辺雑記
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昨日、晴天の中、甲東祭(大久保利通の慰霊祭)が青山墓地で開催され出席した。
友人の有村さんが初めての参加だったので、近くで合流する。

今年で129回目の命日である(正確には5月14日)。
慰霊祭はいつものとおり、神式でしめやかに行われ、出席者一同、玉串を奉納した。
参加者の数も例年並みだった。
顔見知りの友人も多い。大久保利通研究者の勝田政治氏、調所広郷の子孫の調所一郎氏、マツノ書店店主の松村久氏らとも旧交を温める。
また、重富島津家の当主晴久氏も来られていた。初めての出席とか。

終了後、近所の花店で直会(なおらい)。
今年はやけに盛り上がった。薩摩・長州と会津の因縁が話題になったからである。さまざまな立場から意見が飛び交った。
例年なら、出席者の自己紹介があるが、今回は議論沸騰のため時間がなくて省略された(笑)。
甲東ご子孫の利泰氏に、この間の調査報告や南日本新聞連載の拙コラムをお渡しする。

有村さんが初めての参加で青山墓地も初めてだというので、同姓の有村俊斎(海江田武次)・雄助・次左衛門の墓に行くことになったが、場所が探し当てられなかった。過去何度も参詣しており、昨年の甲東祭でも行ったのに。記憶力が低下していて愕然となる。

直会終了後、気の合った知り合いたちで渋谷に流れて二次会。
これまた盛り上がった。とくに薩摩がらみの京都ツアーを企画することになった。個人的な事情もあり、何とか実現したい。

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【2007/05/13 15:44】 | 雑記
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佐多
こんばんわ。
甲東さんがどんな方か勉強不足でわかりませんでした。
青山霊園といえば、村橋久成や末川家、新納家、北郷家、川上家、樺山家、町田家、碇山家などがありますね。樺山三円さんの墓もありましたよ。
護国寺には玉里家の墓所もありましたね。入口の松平不昧公の五輪塔といえばよいのか巨大な石塔があり、どうやって積み上げたのか関心します。

甲東
桐野
佐多さん、どうも。

博学の佐多さんだから、ジョークだと思うのですが、甲東は大久保利通の雅号です。おそらく甲突川の東(加治屋町)という意味ではないかと思います。
念のため、本文も修正しておきました。よく見ると、甲東が誰だかわからないような文章でした。

青山墓地は樺山三円の墓もありましたか。村橋久成は一度行ったような記憶もあります。錚々たる家の墓がありますね。

護国寺には玉里公爵家の墓もありましたか。知りませんでした。事前に知っていたら、参詣できたのにと残念です。
久光の墓は福昌寺にありますが、それ以降の子孫は護国寺だということでしょうか。


佐多
桐野様
こんばんわ。
甲東はさっぱりわかりませんでした、お恥ずかしい限りです。投稿文を読んでいてなんとなく理解出来ました。護国寺は三代目の忠承様からですね。忠済様ご夫妻は福昌寺にあるようです。余談ですが、島津久大様ご夫妻の墓所は私の住んでいる関東圏にあります。今度島津家の英国家庭教師の方の翻訳された本でも購入しようかと思っています。たしか久大様が翻訳なされていたと記憶しています。


薩摩国見聞記?
桐野
佐多さん、こんばんは。

久大(ひさなが)さんは玉里島津家(公爵)の一族でしたね。翻訳本というのは、

H・B・シュワルツ著『薩摩国滞在記』(新人物往来社、1984年)

E・ハワード著『薩摩国見聞記~一英国婦人の見た明治の日本~』(新人物往来社、1978年)

のどちらかでしょうか? どちらも久大氏が翻訳されていますね。
家庭教師ということですと、女性の家庭教師で島津本家の忠重氏ら兄弟を教育した人の「~見聞記」のほうですかね。

両方とも一応もっておりますが、雑誌原稿のため必要に迫られて一応読んだことがあるのは「~見聞記」です。これはたしか講談社学術文庫にもなっていますので、こちらのほうが入手しやすいかもしれません。


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こんばんわ。
甲東さんがどんな方か勉強不足でわかりませんでした。
青山霊園といえば、村橋久成や末川家、新納家、北郷家、川上家、樺山家、町田家、碇山家などがありますね。樺山三円さんの墓もありましたよ。
護国寺には玉里家の墓所もありましたね。入口の松平不昧公の五輪塔といえばよいのか巨大な石塔があり、どうやって積み上げたのか関心します。
2007/05/14(Mon) 03:10 | URL  | 佐多 #-[ 編集]
甲東
佐多さん、どうも。

博学の佐多さんだから、ジョークだと思うのですが、甲東は大久保利通の雅号です。おそらく甲突川の東(加治屋町)という意味ではないかと思います。
念のため、本文も修正しておきました。よく見ると、甲東が誰だかわからないような文章でした。

青山墓地は樺山三円の墓もありましたか。村橋久成は一度行ったような記憶もあります。錚々たる家の墓がありますね。

護国寺には玉里公爵家の墓もありましたか。知りませんでした。事前に知っていたら、参詣できたのにと残念です。
久光の墓は福昌寺にありますが、それ以降の子孫は護国寺だということでしょうか。
2007/05/14(Mon) 07:54 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
桐野様
こんばんわ。
甲東はさっぱりわかりませんでした、お恥ずかしい限りです。投稿文を読んでいてなんとなく理解出来ました。護国寺は三代目の忠承様からですね。忠済様ご夫妻は福昌寺にあるようです。余談ですが、島津久大様ご夫妻の墓所は私の住んでいる関東圏にあります。今度島津家の英国家庭教師の方の翻訳された本でも購入しようかと思っています。たしか久大様が翻訳なされていたと記憶しています。
2007/05/14(Mon) 21:49 | URL  | 佐多 #-[ 編集]
薩摩国見聞記?
佐多さん、こんばんは。

久大(ひさなが)さんは玉里島津家(公爵)の一族でしたね。翻訳本というのは、

H・B・シュワルツ著『薩摩国滞在記』(新人物往来社、1984年)

E・ハワード著『薩摩国見聞記~一英国婦人の見た明治の日本~』(新人物往来社、1978年)

のどちらかでしょうか? どちらも久大氏が翻訳されていますね。
家庭教師ということですと、女性の家庭教師で島津本家の忠重氏ら兄弟を教育した人の「~見聞記」のほうですかね。

両方とも一応もっておりますが、雑誌原稿のため必要に迫られて一応読んだことがあるのは「~見聞記」です。これはたしか講談社学術文庫にもなっていますので、こちらのほうが入手しやすいかもしれません。
2007/05/14(Mon) 23:06 | URL  | 桐野 #hxjklqKc[ 編集]
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